「両者の姿勢は?」
「上野さんは、廊下に倒れています。横向きに。トイレの出入り口のところで。わたしは、そこから少し離れたところで、へばってて」
「他に協力者は?」
「麻祈さんしかいません」
「こちらこそ坂田さんしかいません」
それを、告げられた。
だけでは、なかった。
「どうぞ、よろしくお願いします」
.
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
こたえる。
そうしたならば、そうするのは、やはり言葉だけでは済まされない。
沈着していた体内に、熱を感じる。熱とは、発散を待つ力だ。どうしたらいい? これを、どうしたらいいのか? ―――
「対象者を、仰向けに寝かせることは出来ますか?」
「します」
紫乃は動いた。腰が抜けているから、立ち上がると転んでしまうかも知れない。両腿と片手を総動員して、上野へと這いずる。頭蓋の間近まで 近寄っても、上野は微動だにしない。
片手で、彼女の上腕を掴んで引っ張ってみた。腕の位置は変わったが、弛緩した数十キロの肉塊本体は動かない。両手を相手の腋に引っ掛けて、力を込めて引きずらなければ。
携帯電話は、肌身から離したくなかった。襟ぐりからブラジャーに突っ込んで、上野の腋下に手をかける。力を込めた。咽頭で息が破裂する。
「ふ、ンぎっ……―――!」
三回に分けて、上野を廊下に引きずり出した。ごてりと上向きになった上野は、それでも人事不省だ。
[0回]
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