「坂田さんと対象者の居場所は?」
淡々と続いていくせりふに、まるでこちらのうろたえ方が場違いだと暗喩されているかのようで、紫乃はもう相手に誘われるがまま身を任せるしかなかった。そうだ、学校の授業でもこうだった。解答することが出来ていた問題を、教師に当てられると口から先に出すことが出来なくて、「分からないのか」という断定に「分かりません」とうな垂れるしかなかった―――
あの時と今は違う。麻祈は、なにひとつ決め付けていない。紫乃が錯綜を振り切るのを待っている。待ってくれている。
だとしたら、自分は、こたえなければ。あの時、教師は紫乃を見捨てて満足したけれど、麻祈は恐らくそうしないから、こたえなければ。紫乃は、ぎこちなく振幅する眼球を酷使して、認識した状況を換言した。
「か、会社の寮。その、上野さんの部屋。それで、そこの廊下で、」
「寮の一室の中、廊下の上ですね」
「そう、そうです」
「両者の身の安全は確保できていますか?」
「みの、あ?」
「そうです。そこは、そのままじゃトラックに轢かれそうだとか、このままだと凍え死にそうだとか、ガスで中毒を起こしそうだとか、そういった危うい環境ではないんですね?」
「……はい。はあ。室内ですし。ガスも。そんなのは」
冗談ではないのだろうが。冗談にしても唐変木なことを嘯かれた気がして、そんな評価を差し挟めるまでに冷静さを取り戻している自分に驚いた。驚く余裕がある自分にも気付いた。
再びの、麻祈の質問。
[0回]
PR