「あ。
ちょいとちょいと。こら。そこの」
「うん( Um? )? ―――おう( Oh, )、佐藤じゃん。偶然。
……って、挨拶だけじゃなさそーな気配。
What's cooking(なんの用)?」
「 It’s no big thing(大したこっちゃない).
なんかまたトンチンカンな噂が耳に届いたんだけど。アサキングの」
「とんちんかんン?」
「
あんたが電気屋でサ○ンラップ探し回ってたって。こないだの休日」
「なんでだっ!?」
「こっちが聞きたいから声かけたんでしょー。
それとも、人違い? あんた、前の休日に、電化製品の大型量販店にいなかった?」
「いたぞ」
「サラ○ラップ買いに?」
「なわけあるかっ!
新型のPC見に行ったんだっ!」
「ぴいしい?」
「 Personal computer!」
「ぱーそ―――ああ。パソコン」
「そうパソコンだったこっちじゃ! PC!
―――って。あ。あー」
「およ? なに思い当たってんの?」
「分かった。俺。
あの時、思った通りに展示場所まで行きつけなくて、『 Laptop 』『 Laptop 』ってブツブツ言いながらうろうろしてたんだ。それを聞かれたんだ、きっと。職員に」
「ラップトップ?」
「そう。持って歩けるサイズのPC。
椅子に座って、Lapto―――っでなくて ええと、あの、足組んだ膝のとこに乗っけて、開いて使えるアレ」
「はーん。ノーパソかぁ」
「はあ( Hah? )? 『 No pass on(ここだけの話だ) 』?」
「ちゃうちゃう。ノーパッソでなく、ノーパソ。ノート型パソコンのこと」
「『 Notebook 』だろそれ。言うなら」
「日本じゃノーパソでいいの」
「あーもーまァたこーいった行き違いの食い違いのナカタガイかよ? 俺が電気屋でサ○ンラップとか。んっとにマジ勘弁……」
「なんか韓流ドラマの大スジみたいだねえ。行き違いの食い違いのナカタガイ」
「はんりゅー?」
「うん。韓国のハンに、流派のリュウ。
あんたン家テレビないけど、聞いたことくらいあるっしょ?」
「あったっけか? はんりゅう。韓流ねえ。
どんなあらすじ? それ。大まかに」
「
不治の病と記憶喪失と泣きながらシャワーしてるうちに、独りよがりが行き違って、生死が食い違って、もれなく仲違(なかたが)いしたくせして、ハッピーエンド」
「
俺が電気屋にサラ○ラップよりも度を越したミラクルじゃないかそれっ!?」
「度を越してもいいんだよ。元から限度ないから」
「無いのかっ!?」
「うん。あるのはミラクルじゃなくてロマンスらしいけど」
「ろまんす?」
「そ。
ある種の妖術。
なんでも、ロマンスで生き返るから人は死ぬし、ロマンスで済ませることが出来るから不治の病と記憶喪失と泣きながらシャワーなんだって」
「……じゃあ、電気屋に俺にサランラッ○も、ロマンスがあればアリになるのか?」
「無論アリでしょ」
「例えば?」
「ちびキングには死に別れた姉がいた。ちびキングが、残ったおかずにラップをかけたがると、いっつも譲ってくれる優しい姉。もちろん美人」
「とりあえず、ちびキングって俺か?」
「そう―――その日、いつものようにラップをかけたがった ちびキングだけど、運悪く姉が使いきった直後。
『おねーちゃんのばか』と泣きわめく ちびキング。おろおろして、『すぐ帰ってくるからね』とラップを買いに出る姉。
響き渡るブレーキ音。そして悲鳴。姉は帰ってこなかった」
「展開が怒涛だな、オイ」
「『うそつき……姉さん、いつになったら帰ってくるんだよ!
ほら、俺、もう子供じゃないよ―――今日も、ちゃんとラップを買いに行って、帰ってきたから。
だから姉さんも帰ってきてよ……』
十年。二十年。皿にラップをかけては時が過ぎる」
「限りなく不毛な二十年の過ごし方だな」
「そんなある日だった。雨の夜、彼女が玄関のドアを叩いたのは。
ドンドンどんどん! 『お願いです! 買い占めたラップを分けてください! ラップ屋敷の殿方!』」
「屋敷外にまで巻いてたのかラップ!?」
「ドアを開けてみると、そこには生き別れの姉に瓜二つの女性。
呆然とするアサキングに、彼女は気付かない。ただただ必死に訴える。
『お願いです。ラップが……ラップが必要なんです! どうしても今夜、雨にぬらさないで、手紙を故郷に届けたいの―――』」
「タッパの方が良くね? 密封度的に」
「アサキングは動揺する。うろたえ、うちひしがれる。
『ラップを求めて出て行った姉さんが、ラップを求めて帰ってきた……?
俺は、彼女に与えるこの日のために、ずっとラップを貯め込んでいた―――?』。
震える手で、ラップを彼女に手渡すべく、箱から引き出す。五センチ、十センチ―――」
「箱まんま あげろよ」
「と、ラップが切れる。
彼女は狼狽。『どうしよう!? これじゃ、足りない!』
アサキング慌てて、『いや、奥に買い置きが―――』
途端、大停電がふたりを強襲。 世界を暗黒に塗りつぶされたところで、彼女の心には光がある。ゆえに諦めない。『奥にあるのね―――きゃあ!』
『待て! 不用意に動くとラップに足を取られるぞ!』」
「ラップに限定されたゴミ屋敷じゃねーか!」
「怪我から血を流す彼女。アサキング冷静。
『これは……ラップを切る部分の金具で切ったみたいだな。大丈夫。血があらかた止まったら、ラップ療法しておくといい』
ラップを包帯してくれるアサキングに、彼女ホの字。『あ、りがと』」
「ツッコミどころ満載のくせして部分的に正しいのが、まったりとしつこいほど実にムカつく。ラップ療法」
「アサキングは分かった。彼女にラップを渡すこと、それこそが自分だけの使命だと!
『懐中電灯を買ってくる!』 電気量販店に駆けだすアサキング!
そして、電気量販店内にて こだます、彼の声。『ラップ―――ラップが!』
その真の意味を知り得ているのは、今この時は、彼らだけ……」
「すいません。停電どうしたんですか? 店内」
「ちゅーわけで、ロマンスのためなら、アサキングと電気屋とラップさえ絡めた例えが出来ると証明できたね。これで。うんうん」
「……あのさ佐藤」
「ほえ?」
「俺、ラップ屋敷に住んでる引きこもりシスコンより、電気屋にラップ買いに来た おとぼけ君でいいです」
「だろね」
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