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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.母はテーブルのいつもの席で、週刊発売の少年誌の読者投稿コーナー ―――愛読し終えた姉から毎週払い下げられるのだが、漫画を読もうにも最初から読者でない身の上ではちんぷんかんぷんらしく、いつだってそこに落ち着いている―――を目下に堅焼き煎餅を噛み噛み、のんびりとおひとりさまティータイムを満喫していた。

「ん?」

 こちらに視線を上ずらせて、どうしたの? と目の動きで尋ねてくる。その「どうしたの?」が、「どうしてそんなところから物言いたげにしているの?」という問いかけだけで、「どうしたの、その格好? 正気?」という猜疑にあふれたものでなかったことに、とりあえず安堵した。

 躊躇いながらも、食卓の自分の席につく。はす向かいの母は、紫乃が飲み物も取ってこなかったことに再び首を傾げたが、なにも飲む気になれなかった……て言うか、また口紅の重ね塗りをするなんて御免だったのだが。見慣れたコップに見慣れないキスマークがつくなんて、想像するだけで、もぞっとするし。

 紫乃は、口を開いた。塗ったもののせいで、薄皮がぺたぺたした。

「お母さん」

「ん」

 口内を煎餅に席巻されている母は、それだけだ。言いたいことは分かるので、促されたとおりに話を続ける。

「前の話なんだけど」

「ん」

「どうしてわたしが、その……」

「ん?」

「フラれたって、思ったの?」

 母は無言だ。

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.電話を終えて、電話が終わったんだなぁと思いながら、どれだけか過ごした。
ひと休みに区切りをつけて、サンダルを洗った。あの夜から自分の部屋に持ち込んでいたので、玄関先で飛び石替わりに踏みつけられたりといった変形もなかったし、もともと新品らしく目立った汚れや砂が食い込んだ傷などもなかったので、そうする必要性は高くなかったけれども、そうした。裸足で風呂場にしゃがみこんで、丁寧に洗った。やっぱり大きいなぁとか思いながら。

 それを、自分の部屋の窓際に立てかけて乾した。ゴム製だから、拭くだけで充分かもしれなかったが、とりあえずそうした。さっきよりもかなり暑くなっていたので、前もって室内にエアコンを効かせておく。

 それから、シャワーを済ませた。まだまだ暑い午後は続くのだから、少し早すぎたかなとも思ったけれど、なんならまた後で浴びてもいいしと開き直る。シャワーの音を蝉の声がすり潰すのを聞きながら、サンダルと同じくらい入念に髪からつま先まで洗った。見た目だけでなく、肌触りからも、ムダ毛を処理し残していないか確かめておく。撫でさすって、ちゃんと見て、まだ安心できなくて、鏡に映して各箇所を見る。そしてそのポーズを昨日から鏡面に何回映写してきたのか馬鹿らしくなって落ち込む。落ち込んでいるのにも飽きて風呂を出る。

 部屋はきちんと涼気が利いており、肌に汗が浮いたりはしなかった。窓際のサンダルは乾いていた。それを紙袋に―――ちゃんと前から選んでおいた、こざっぱりとした印象のそれに―――入れてから、身支度をした。淡い色のチュニック・ワンピースに、それに合わせたネックレス。麦わら帽子も選んではあるが、やりすぎかなと迷っていて、かぶっていくかどうかは未定だ。持っていく鞄は大きめのカゴバッグに決めていたから、カゴと麦わらで印象がかぶってしまうのも逡巡の一因だった。化粧を済ませている間に決心はつくと思っていたが、大きな間違いだった……夕方の酷暑の外気にさらされても瓦解しないぎりぎりまで作り上げようとするのだが、したことがない匙加減をここ一歩で見誤る。眉を濃くしすぎて拭いてみたら予想外の伸びをみせたり、睫毛のマスカラの左右非対称を修正しようとしているうちにヒジキが生えました的な印象にしか見えなくなったりした。そういった各種失敗ならびに、

「もう! もー!」

 と乳牛がお産する時にも劣らぬ発奮を繰り返した挙句、化粧は基礎が外れさえしなければ出来上がりが大外れすることはないという初心に帰ることにした。買ってみたツケマツゲは、こうして買ってみただけで終わった。

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.真面目な勤務態度で浮いた噂のひとつもない紫乃が、平日に半休を取るのは久しぶりのことだったので、社員一同から物珍しげに見られた。

 該当日の正午すぎ。帰宅する支度を整えていると、仕事は畑違いだが平社員同士である上野が、たまたまデスクに戻ってきており、

「のんびり半日。いいですねぇ。いい話」

 とだけ言って和やかにはしゃいでくれたのだが、直属の上司である鹿野山―――美紗緒―――は己の業務に差しさわりが出るせいで、

「いい話? オトコなの?」

 と今回以降のスケジュールの乱れを予期して、迂遠に威嚇してきた。それを、給湯室まで通りすがった鹿野山―――五十六―――社長が、

「心配無用だよ。いい男らしいから」

 と宥めたせいで、会社は陽気な阿鼻叫喚に包まれた。

「なんでアタシを飛ばしてアンタの方が知ってるのよ? ちょっと!」

「いやあ。いい男仲間として聞き及んでいるもんでねぇ」

「仲間がいるの? グループ交際? グループの人数分だけ休むこと確実なの?」

「社長? どうして涙目なんですか? 痛風ですか? 痛風発作ですか? 今朝ちゃんと薬飲んだんですか?」

「あの―――わたし、それじゃ、お先に失礼します」

 そそくさと挨拶を済ませて、紫乃は帰宅した。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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