.電話を終えて、電話が終わったんだなぁと思いながら、どれだけか過ごした。
ひと休みに区切りをつけて、サンダルを洗った。あの夜から自分の部屋に持ち込んでいたので、玄関先で飛び石替わりに踏みつけられたりといった変形もなかったし、もともと新品らしく目立った汚れや砂が食い込んだ傷などもなかったので、そうする必要性は高くなかったけれども、そうした。裸足で風呂場にしゃがみこんで、丁寧に洗った。やっぱり大きいなぁとか思いながら。
それを、自分の部屋の窓際に立てかけて乾した。ゴム製だから、拭くだけで充分かもしれなかったが、とりあえずそうした。さっきよりもかなり暑くなっていたので、前もって室内にエアコンを効かせておく。
それから、シャワーを済ませた。まだまだ暑い午後は続くのだから、少し早すぎたかなとも思ったけれど、なんならまた後で浴びてもいいしと開き直る。シャワーの音を蝉の声がすり潰すのを聞きながら、サンダルと同じくらい入念に髪からつま先まで洗った。見た目だけでなく、肌触りからも、ムダ毛を処理し残していないか確かめておく。撫でさすって、ちゃんと見て、まだ安心できなくて、鏡に映して各箇所を見る。そしてそのポーズを昨日から鏡面に何回映写してきたのか馬鹿らしくなって落ち込む。落ち込んでいるのにも飽きて風呂を出る。
部屋はきちんと涼気が利いており、肌に汗が浮いたりはしなかった。窓際のサンダルは乾いていた。それを紙袋に―――ちゃんと前から選んでおいた、こざっぱりとした印象のそれに―――入れてから、身支度をした。淡い色のチュニック・ワンピースに、それに合わせたネックレス。麦わら帽子も選んではあるが、やりすぎかなと迷っていて、かぶっていくかどうかは未定だ。持っていく鞄は大きめのカゴバッグに決めていたから、カゴと麦わらで印象がかぶってしまうのも逡巡の一因だった。化粧を済ませている間に決心はつくと思っていたが、大きな間違いだった……夕方の酷暑の外気にさらされても瓦解しないぎりぎりまで作り上げようとするのだが、したことがない匙加減をここ一歩で見誤る。眉を濃くしすぎて拭いてみたら予想外の伸びをみせたり、睫毛のマスカラの左右非対称を修正しようとしているうちにヒジキが生えました的な印象にしか見えなくなったりした。そういった各種失敗ならびに、
「もう! もー!」
と乳牛がお産する時にも劣らぬ発奮を繰り返した挙句、化粧は基礎が外れさえしなければ出来上がりが大外れすることはないという初心に帰ることにした。買ってみたツケマツゲは、こうして買ってみただけで終わった。
そうなると、もう準備万端だ。自分と、サンダルを入れた紙袋と、他にも色々と入れたカゴバッグ。麦わら帽子はまだ迷っている。あれやこれや引っ張り出しては戻さない化粧品群にメジロ押しにされて、もうバーゲンセールの商品ワゴンですと断言された方が納得がいく荒れ様を呈している化粧台の机上には無視を決め込んで、もう一度だけ姿見鏡を振り返る。思い出して、いつも塗らないところにも日焼け止めをつけた。久しぶりに露出した部分が、日焼けして痛くなる可能性を忘れていた。
エアコンを止めて、階下に降りた。余裕を持って出かけるにしても、まだ気が早いのは分かっていた。玄関ではなく、台所兼食卓に向かう。そこに母がいるのを知っていた。
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