.―――ハイ……
―――あ、もしもし、坂田です。
―――エエあァ、どうも、そうでしたね、電話、時間……
―――あの、それで、前の電話で今日返す約束したサンダルなんですけど。本当に今日いいんですよね? いつくらいなら、ご在宅でしょうか?
―――ございたく。それは、今日は、暗くなる前には、いましたら、いいなあ……いいや、います、いますんですから……
―――は、はあ、それならわたし、バスを使って夕方にお伺いします。帰りもバスを使いますので、そこはお気遣いなく。
―――ええ、どうも、では、これでは……
―――これでは? あの……え? あ、切れちゃった―――
とか思い出すまでもなく、
(うわあ。ほんとにひとりになってからケータイいじってるし……)
赤面して、紫乃は身悶えする身代わりに、携帯電話をカゴバッグへと強引にねじ込んだ。
予定外のタイミングで飛び出してしまったが、路線バスに乗り込むのは、何度も何度も頭の中で繰り返した予行練習どおりの場所と時間に揃えることができた。これで、失敗もリセットできたってものだ。葦呼の家に行くよりも長い乗車時間を数えたりしているうちに、降りるバス停に到着してしまう。まあ、仕方ないんだけどさ―――と口を尖らせながら下車すると、車内のエアコンで忘れていた暑さで、口を尖らせていたことさえ忘れて紫乃は悲鳴を食いしばった。
「あっついぃい」
日傘を差してみるものの、空気に接触しているだけで水ぶくれが出来そうな熱気である。夕刻に差し掛かっているのは時計だけだ。フェーン現象というやつだ。天気予報のキャスターが連日連夜とめどなく使うせいで実感が薄まっていたけれど、今になってあの警告に実感が沸く。ひしひしと沸く。汗腺からのしずくもろとも沸く。
額の髪の生えぎわにハンカチを―――そうだ今回こそはハンカチを―――押し当てながら、紫乃は決意した。
(わき汗とか絶対かかない風に、調整して歩かないと……)
各種対策は施してきたが、だからかいていいといった問題ではないのだ。
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