.以前に訪れた時と同じく、小さな玄関から、奥に伸びる廊下。廊下は一メートル半ほどして八畳間に繋がっているが、その間を合板のドアが閉ざしている。玄関戸に張り付いた紫乃とちょうど対峙するかたちで、麻祈もまたそちらのドアを背に立ち尽くしていた。電灯は消されていたのだが、麻祈の背後のドアの中央に透かし窓がついているらしく、そこから差し込んだ陽光が充分に代役を果たしている。まず見えたのは、スリッパを引っかけた彼の素足が、ずりさがったズボンの裾を踏んでいることだった―――ベルトすらしていない。て言うか、ズボンがベルトを締めることが出来る構造をしていない。ジャージだ。そして、上着は無い……肌着すら無い。あるのはうなじから前に引っかけたタオルだけで、それだって彼の上背には小さ過ぎる。現に、引き腰になった麻祈がわたわたとタオルを広げて身体を隠そうとしているのだが、まるで天むすの海苔のような面積の足りなさだ。そんなこと、紫乃がみても一目瞭然だ。麻祈など当人なのだから知り尽くしていただろう。なのに、
「ど、どうして外に出たんですかっ!?」
がなり立てるのだが。
麻祈の返事は、まるで暖簾に腕押しといった静かな声色で、
「どうしてって。日本の呼び鈴が鳴ったもので」
とまあ、内容もとんちんかんとくる。
しかも、後光のせいか土気色をした麻祈の面の皮が、のっぺりと無表情とくれば、紫乃としても悲鳴を重ねるしかなくなるというものだ。
「そんな格好でっ!?」
「まあそれは、日本の呼び鈴でしたから」
「なに言ってるんですかっ!?」
「そちらこそ」
どこまでも不毛だ。
早々に見切りをつけて、紫乃は大声を叱責に切り替えた。
「とにかく、なにか着て来てくださいっ!」
口許をもごもごと言い訳がましく蠢かせながらも、結局は言い返してくることなく、麻祈がドアの向こうに逃げ込んでいった。バタンと勢いよく閉まった合板の上で、ドアノブがびりびり震えている。床から舞い上がった埃がちらちらと、透かし窓から差した斜陽に光っては落ちていく……
そうやって騒動も発奮も過ぎ去るにつれて、紫乃に去来したのは、自分が騒動を起こして発奮したという事実だった。
(―――どうしよう)
[0回]
PR