.途端に、不安に背筋をつつかれる。温かく膨らんでいた胸の下は、今は水銀でも流し込まれたかのように重苦しくて、掌を返したようなそれがこの上なく毒々しい。
(あれきっと、お風呂入ってたんだよね。無理矢理あがらせちゃったのかな……にしても血色悪そうだったけど、それってちゃんと湯船につかれないうちに、わたしが来ちゃったからだったりするのかな……)
そう言えば、麻祈を奥に追いやってからかなり経つと思えたが、一向に音沙汰が無い。声どころか物音ひとつ聞こえてこない。ひそめているのだろうか? ひそめる必要があるものと言えば、悪態だろうか? それも尤(もっと)もな話だ。不要なものをわざわざ届けると強引に押し切っただけでなく、休憩に費やされるべきバス・タイムまで中断させる奴など、よくよく省みてみれば新聞の勧誘以上にはた迷惑な相手ではないか。ええ、玄関に居座られて本当に参ってるんです―――もしもし―――
(電話!?)
その可能性に行きついて、戦慄が走る。跳ねた背筋を悪寒に聳やかされて、紫乃は生唾を呑んだ。
(いやいやいやわたし新聞の勧誘じゃないから新聞の小売店に告げ口されたところで痛くも痒くもないし! わたしと麻祈さんの間に立ってくれる友達なんて葦呼っきゃいないから! 葦呼っきゃいないんだから、そんな直通で電話が通じることなんて滅多にないし、それ以外に直通で繋がりそうで問題解決してくれるとこなんか―――)
警察。
(通報!!)
青ざめて、紫乃は泡を食った。
あまりのことに、思考も続かなくなる。続かなくて正解だ。どうせ悪い方へ暴走するだけなのだから、それならば真っ白な頭で先入観なく真っ当に考えていける要素を拾い集めた方がいい。
「…………―――」
耳をそばだてる。家の中は、紫乃が立つ玄関先まで静まり返っていた。麻祈がいるドアの向こうの部屋までそうなのかは分からない。であれば、ドアの向こうまで行かないと。
紫乃はサンダルを脱いで、廊下にあがった。賃貸住宅特有の、やわらかいフローリングの感触が裸足に沁みてくる。なまぬるいそれを踏んでいけば、十歩も行かないうちにドアだ。
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