「気にしないで下さい。食べよう食べようと思って今まで放っておいたんですから、まだしばらく放っておいたところで大差ないです。よし、そうと決まったら、夕食はどうしましょうか? 食べたいものとかありますか? あ。それとも、もう行く先も約束してましたっけ? 俺」
こちらに向き直って、背後の元凶をシャットダウンしようという腹の底が露骨に分かる作り笑顔を浮かべた麻祈に、なにやら踏み込んでいけないものを感じはするのだが。
痩せている体つきや日焼けしていない肌を見るにつれて、ますます疑惑は深まってしまう。カゴバッグを抱いたまま、紫乃はじゃっかん及び腰で問いかけた。
「……麻祈さんって、普段、なに食べてるんですか?」
「なにって。今、見たでしょう。野菜ですよ。あと、きのことか」
と、これまた涼しげに供述してくる。麻祈は、きょろりと目玉を動かして冷蔵庫を示すと、
「勤務中はどうしても食事の内容も時間も偏りがちですし、職場のイベントに付き合う時期が来るとまず間違いなく太るので、普段の夕飯はその程度で抑えるようにしてます。肥えるとすぐガタが来るし」
「ガタ?」
「―――ええ。三段腹の医者にメタボですって言われても、説得力ありませんでしょう?」
「あの。それ、おいしいですか?」
一拍。
麻祈が、物分りがいい顔をしてみせた。ぴんとくる。
(今、そろばん弾いた)
幾つかの何かを瞬時に打算して、賭けをせず赤字を出さない選択をした。
言ってくる。
「……そんな、お門違いな」
と、腰に置いていた手をズボンのポケットに引っかけて、麻祈が肩を竦めた。
「味覚と栄養学は抜本が異なる。俺にとっての優先順位もね。もちろん、両立しているに越したことはないとは思っていますよ。それで、それがどうかしました?」
紫乃は正面から、彼を見詰めた。
つまりこれが、そろばんで弾いたとおりのことなのだ。紫乃の問いかけを拒絶せず、さりとて問いかけに答えるでもない。観点の違いからくる相異なのだと述べている。栗は栗ご飯にすれば日本食のおかずですが甘く煮れば洋食のおやつですとでも言うように、そちらの立場から考えるなら言い分に納得できると―――ゆえに、あなたもこちらの観点から考えて、この言い分に納得するべきだと。
(お互い様だから、ずるいことを利用しようって、持ちかけてるんだ)
やわらかな傲慢に丸め込まれるのは楽なことだ。いつものことだとも言えるし、慣れたことだともいえた。
なにより、今は、それが嫌だ。
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