.深いところで爆ぜる脈を膚(はだえ)に聞きながら、紫乃は音を立てないようにドアを開けた。窓辺から夕日が差しこんでいる室内は、電灯が消されていても、家具の色が判別できるくらいには明るい。息を殺しながら、半歩ほど踏み込む。
麻祈はこちらに背を―――ちゃんと服を着た背中を向けて、床にしゃがみ込んでいた。こちらに気付きもせず、ごそごそと作業している。そっと身を乗り出すと、彼が両腕を突っ込んでいるものが見えた。段ボール箱からびろびろと布がはみ出した塊だ。見た印象は、言うなれば、そう……メートルサイズのカラフルな巨大イソギンチャク(陸棲)に、生き餌を素手でねじ込んでいるような……
「うひょええええぇぇぇっ!?」
耐えきれない悪寒に声が漏れてしまうと、さすがに麻祈も気付いてくれた。屈身したまま、こちらに肩越しに振り返ってくる―――薄暗い部屋、表情のない半眼で、しかもまだ両手は怪物(仮称)に突っ込んだまま。
支柱にカゴバッグを抱きしめたまま立ち尽くして、紫乃は震え声を絞り出した。
「なんですかそれ!」
彼が、物憂げに返事をひねり出す。
「―――バァスケ―――」
そう聞こえた。だけ。
紫乃は、停止した。
そして、しばし。身体は駄目だったが、とりあえず思考は再開した。
(バスケ?)
球技の?
麻祈はまるで疑問などないように、ぶっきらぼうに念押ししてくる。
「らンドゥぃイーバァスケっと」
押された念のありどころが分からない。って言うか、分かるような音をした言葉じゃない。
どうにか部分的にでも、聞き返す。
「らん?」
「イヤぁ―――」
(いや。否って。自分で言っておいて、否って、一体……?)
深まりゆく疑念に、ぐうの音も出なくなる。麻祈は、“ランなんちゃらバスケ”をゴソゴソするのを再開しているが。
よく見れば、“それ”から垂れ下がった無数の触手は、服の袖やタオルの端っこで出来ているようだった。さらに目を凝らしてみると、“それ”の寸胴は段ボール製のようだった。工作だ。品名が、“ランなんちゃらバスケ”。
(だから。なんで?)
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