.声帯どころか身体も居ても立ってもいられなくなって、とにかくドアに突進する……両手を突き出して、度しがたい現実もろともドアを押し戻そうとする。だって、こんな筈ないのだ。まさか彼にも半休を費やして身づくろいして毛づくろいして待っていて欲しかったわけではない―――と、寸前までは断言できたと思う。もう無理だ。だったらせめて、見せかけでも、無かったことになって!
必死だった。懸命だった。だから勢い余って、ドアから滑って麻祈に正面から突っ込んだ。
「ウォウ、さかた―――」
今更、ぼんやりと彼が驚いてくる。
今更だ。本当に今更だ。くっつけてしまった指には筋骨の弾力と素肌の湿り気を感じているし、そこに間近な鼻先には水のにおいを嗅いでいる。つまりはどういうことなのか、衝撃に閉じてしまったこの目を開ければ、全貌が明らかになってしまう。こんな明るい屋外で、誰かに見られるかも分からないのに―――その上、その“誰か”が、彼女自身であるなんて!
「はは入って入って入って入ってえ!!」
「ハ、ふウグっ……」
頑として目蓋を閉ざしたまま、闇雲に両手でツッパリを続ける。息を詰まらせた麻祈が、ぶっ叩かれるまま家の中へ引き下がった。
そのままばたばたと奥まで遠ざかる物音を警戒しながら、紫乃は後ろ手にドアを閉ざした。金属扉のひんやりとした温度に、日影の涼しさが加わる。屋内だ。意を決して、目を―――薄目を、どうにかこじ開ける。
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