.ちらっと虚空を見上げて、そうやって思い出を拾うことさえ楽しげに、二枚目の―――あるいは三枚目かそれ以上の―――煎餅に手を伸ばした。海苔巻きかサラダ味か迷ってから、結局は一枚目と同じ胡麻ふり七味がけを取り上げた。
「その紫乃が、いったんフラれたのに、また自分から頑張って追いかけてこうとしてるなんて。ちょっと新鮮」
いったん振られたことになっているらしい。まあきっと、それでもいいのだ。それは母にとっての、紫乃の話だ。いつもみたく、ちょっと恍けたところがある母だ。
相槌を打って、納得するしかない。
「そ、うなんだ」
「そう」
「うん。あの」
そして、納得してしまえば、告白したくなった。
「実のところ、わたしも、新鮮だったりして」
「でしょ」
そうなると、途端にいたたまれなくなって、そわそわと紫乃は席を立った。
「あの。ちょっと、行ってくる」
「車に気を付けてね」
そのまま玄関から出て行こうとして、手ぶらであることに気づいて、部屋にとんぼ返りする。カゴバッグと紙袋を掴んで小走りに廊下を行くと、トイレに行こうとしていたらしい母と通りすがった。俯きがちに好奇の視線をやり過ごして、もういちど玄関で新品のサンダル―――まさか借り物より古めかしいものを履いていくなんて無謀は冒せない―――につま先を移したところで、麦わら帽子を忘れてきたことに気付いたが、また取りに戻るなんてとんでもない。見られるほど、おっちょこちょいに拍車がかかる気がしていた。
玄関戸を開けると、蝉の大合唱に鼓膜を横殴りにされた。気温の高さを聴神経から沁み込ませようとの画策漂う喧騒を気にとめないように心掛け、日傘を差して街路に出る。太い車道まで出ると、各家の庭木が少しでも遠のいたおかげか、蝉の音は拗ねた考えごと身をひそめた……そうだよね、蝉だって一所懸命なだけだもんね。
肩掛けにしていたカゴバッグを開けて、今日はちゃんとハンカチも入れてきた内ポケットの中から、紫乃は携帯電話を取り出した。歩きながら履歴を確かめる。一番最近の―――ついさっきのやり取りを、やり取りしたせりふと共に。
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