.母はテーブルのいつもの席で、週刊発売の少年誌の読者投稿コーナー ―――愛読し終えた姉から毎週払い下げられるのだが、漫画を読もうにも最初から読者でない身の上ではちんぷんかんぷんらしく、いつだってそこに落ち着いている―――を目下に堅焼き煎餅を噛み噛み、のんびりとおひとりさまティータイムを満喫していた。
「ん?」
こちらに視線を上ずらせて、どうしたの? と目の動きで尋ねてくる。その「どうしたの?」が、「どうしてそんなところから物言いたげにしているの?」という問いかけだけで、「どうしたの、その格好? 正気?」という猜疑にあふれたものでなかったことに、とりあえず安堵した。
躊躇いながらも、食卓の自分の席につく。はす向かいの母は、紫乃が飲み物も取ってこなかったことに再び首を傾げたが、なにも飲む気になれなかった……て言うか、また口紅の重ね塗りをするなんて御免だったのだが。見慣れたコップに見慣れないキスマークがつくなんて、想像するだけで、もぞっとするし。
紫乃は、口を開いた。塗ったもののせいで、薄皮がぺたぺたした。
「お母さん」
「ん」
口内を煎餅に席巻されている母は、それだけだ。言いたいことは分かるので、促されたとおりに話を続ける。
「前の話なんだけど」
「ん」
「どうしてわたしが、その……」
「ん?」
「フラれたって、思ったの?」
母は無言だ。
それは押し黙ってのことでなく、急がず騒がず煎餅を食べていたからだ。その口の中の音が、ゴリゴリからポリポリに変わり、ついにショリショリも失われてから、けろっとして言ってくる。
「だってあんた、カラダがしょーじきなんだもの」
「ぶー!!」
噴き出す。それしかないと、紫乃には思えたのだけれど。
母にとってそれは、弩級の蛮行だったらしい。煎餅の入った菓子箱と雑誌を射程範囲から退かせつつ、嫌がる顔を隠しもしないで、やんわりと毒ついた。
[0回]
PR