.町名で言われても分からないので、分岐点につく都度、坂田からコースを指示してもらう。適当な雑談―――で済まされては、こんな時にいつだってつつかれる佐藤は文句たらたらかもしれないが―――も収束する頃には車も大通りを逸れ、入り組んだ住宅街へと随分食い込んだ。看板に書かれるものが、飲み屋の店名から子どもの飛び出し注意の絵柄にバトンタッチし、車道が歩道と同化して、視界の利きも悪くなる。ごちゃごちゃした民家が密集した界隈である上、夜とくれば尚更だ。
そして到着した坂田家は、新しくないという程度に古びた一軒家だった。車が三台停められているせいで庭がほとんどなく、そのスペースに建築予定だった平屋をちょん切って上に乗せましたといった風な小ぢんまりとした二階がある。日本らしい庶民的な居宅と見えた。
(段の家もこれくらいコンパクトなら、桜獅郎でも手入れが行き届くんだろうけどなぁ)
パワーウィンドウを開けて、坂田家を見上げながら物思いにふけっていると、車を降りた坂田が目の前に割り込んできた。家を背負うようなアングルに立って、こちらを覗きこんでくる。
それを見返すと、待ち構えていた坂田が、深々と頭を下げた。胸元にはしっかりと、鞄だけでなく、靴を入れたスーパー袋を抱きしめている。忘れ物はないようだ。ついでに服も、あらかた乾いたらしい。見納め時を逃した。
「麻祈さん。あの。ありがとうございました。本当に、お世話になりました」
すっかり透明度を失ったブラウスを地味に残念がった隙に、それとは真逆の清純な感謝を告げられてしまう。実に居心地が悪い。
こんな時は、逃げ出すに限る。
「いえ、いいんですよ。俺こそ、俺の成り行きに付き合わせてしまって。あ、そのサンダルは捨ててくださって構いませんから」
「え?」
「もったいないなら、そのまま家の人に使ってもらって」
「あ」
「別に、貸しパクられたって佐藤に吹聴したりしやしませんよ。それじゃ、お元気で。おやすみなさい」
さっと顔色を変えた坂田を尻目に言い終えて、麻祈は発車するための操作をした。急ぐでもなく、アクセル(Accelerator)を踏み込む。
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