.真面目な勤務態度で浮いた噂のひとつもない紫乃が、平日に半休を取るのは久しぶりのことだったので、社員一同から物珍しげに見られた。
該当日の正午すぎ。帰宅する支度を整えていると、仕事は畑違いだが平社員同士である上野が、たまたまデスクに戻ってきており、
「のんびり半日。いいですねぇ。いい話」
とだけ言って和やかにはしゃいでくれたのだが、直属の上司である鹿野山―――美紗緒―――は己の業務に差しさわりが出るせいで、
「いい話? オトコなの?」
と今回以降のスケジュールの乱れを予期して、迂遠に威嚇してきた。それを、給湯室まで通りすがった鹿野山―――五十六―――社長が、
「心配無用だよ。いい男らしいから」
と宥めたせいで、会社は陽気な阿鼻叫喚に包まれた。
「なんでアタシを飛ばしてアンタの方が知ってるのよ? ちょっと!」
「いやあ。いい男仲間として聞き及んでいるもんでねぇ」
「仲間がいるの? グループ交際? グループの人数分だけ休むこと確実なの?」
「社長? どうして涙目なんですか? 痛風ですか? 痛風発作ですか? 今朝ちゃんと薬飲んだんですか?」
「あの―――わたし、それじゃ、お先に失礼します」
そそくさと挨拶を済ませて、紫乃は帰宅した。
自宅で朝食の余りを昼食として摂っていると、母が帰ってきた。両手に、大きく膨らんだエコバックを提げて、露骨にがっかりした顔をした。顔だけでなく、肩もがくっと落とした。
「なぁによぉー? 待ち切れなかったの? 紫乃が帰ってくるって聞いてたから、お母さん張り切ってお昼の分も作ろうと買ってきたのにぃー」
「……ええと、あの―――そうなんだよね、ゴメン。もう、お腹いっぱい」
エコバックの上から餃子の皮とニンニク一個―――ひとかけでない、まるまるだ―――が見えたので、紫乃はそれを食べなくて済むように言い逃れた。
「なんなら、お土産にどう? 夕方に出かける相手、どうせまた葦呼ちゃんか華蘭ちゃんでしょ? 女子会もたまには外食じゃなくてウチ飲みにしたら?」
「あの、それはまた、―――次の機会に」
母は食い下がってきたが、紫乃は言葉を濁して逃げおおせた。だって、次の機会にするしかない……これから逢う相手は、葦呼でも華蘭でもない。
それから、部屋に引っ込んで、約束通り電話をかけた。
[0回]
PR