.ある日、紫乃は携帯電話を手に取った。葦呼へ連絡するつもりでいた……葦呼ではなく、麻祈について、彼の友人という見地から得た情報を、それとなく誘い出せたらと思っていた。
別に、たいした個人情報でなくとも良いのだ(あってもいいけど。誕生日とか)。好きな色でもいいし、好きな映画でもいい―――映画と言わず、もっと幅広く、愛好しているエンタメのジャンルについてでもいいし、愛用の品なんかがあれば教えてほしい。品でいいから肖(あやか)りたい。美人の爪の垢ほどでもいいから。
(愛用の品って言えば、葦呼ってずっとガラパゴス・ケータイだっけ)
二つ折りにするタイプの、新しくもないそれ。
珍しくはある。このご時世で、葦呼以外で、最後に見かけたのはいつだったろう? 脈絡なく、思いつきを追いかけて……
ふと連想した先で、彼の手元を見つけた。
合コンの最後に、女性と連絡先を交換していた携帯電話。新しくもない二つ折りタイプだったことなんて、あの時は気にもしていなかった。
今となっては、そういうわけにもいかない。それがまた、一層に煮え切らない。思い返せば葦呼は、彼に呼び捨てにされていた―――本人さえあずかり知らぬところで。もう発言した当人さえ覚えてはいまいが。
(…………いやまあ、お門違いなんですけどね。ホント)
重々承知の上で、それでも紫乃は葦呼にメールを送るのをやめた。
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