.駐車場は、麻祈が入居しているアパートメントの居住者に割り振られたもので、すぐ隣地に設けてあった。五十台余りの駐車許容量を擁した平地は、残業にかかずらう単身者が帰り泥(なず)んでいるこの刻限、邪魔されることなく己の自動車まで視線を素通りさせてくれる―――そうすれば、ちんたらと迷想しかけていた脳裏も、目的を取り戻した。今度こそきちんと、後ろを見返す。坂田がいた。
麻祈は、愛車へと向かった。雨も上がっていたし、急ぐでもなかったが、空車スペースをジグザグに抜けて近道していく。中古で購入して以来の相棒である五人乗り日本車は、雨ざらしが洗車の代名詞という冷遇にもめげず、じっと停車していた。まあ、フロントガラス(Windscreen)くらいは、かつての透明度を思い出して不貞腐れているかもしれない―――雨に流れた黄砂が襞となって縦線を捩じらせている様は、はらはらとこぼれ落ちる涙に剥げかけた女の化粧面に似ていた。そんな時の水滴も、おおよそは、こんな風に黒ずんでいるものだ……
(いつの話だよそれ。めんどくさ。なんか最近、輪を掛けてめんどくさ。俺)
思い出を口癖で追い出して、麻祈は乗り込んだ運転席で、エンジンをかけた。車内から逃げ残っていた昼間の熱気を逃がそうと、ドアを閉めないままに、外にいる坂田に話しかける。
「後部座席へどうぞ。そっちの方が安全だし。助手席ちっとも片づけてなくて―――って、どうかしました?」
「いっいいえぇ!?」
アスファルトに突っ立っている坂田に移動する気配を感じられなかったので座席から振り仰ぐのだが、彼女はやはりというか、主旨のよく分からない否定を口にするだけだ。表情も、動転していることが前面に出ている。なにを否定しているのか、前後不覚だ。
(いいえ。イイエ? 後部座席に座ることにイイエなのか? 後部座席の方が安全なのは間違いないから、それにイイエ危険ですなんて無いし。助手席は、俺の目から見ても荒れ放題だし。てことは、―――)
操作したワイパーがフロントガラス(Windscreen)の水と汚れをひと薙ぎに払うのを見送ってから、買ったはいいがすぐに必要ではない物品の駐屯所と化している助手席に横目を触れさせる。憶測を篩いにかけ終えて、麻祈は最も確実性が高かろうそれを口にした。
「ああ。助手席じゃないと車酔いする体質なんですね。でしたら、すぐに片付け―――」
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