「ごめんなさい。声をかけるの、間に合わなくて。火傷しちゃいましたか?」
背中を丸めた坂田は、両手でコーヒーカップを前髪の前にかざして、引っ込めた首を器用に横振りしてくる。仕草としては否定だが、無言なのは、口を痛めた直後だという何よりの証拠だ。なおのこと、低頭するしかない。
「火傷しなくても、びっくりさせましたよね。冷やすための氷なら、幾らでも出しますけど」
彼女は、ぶんぶかと一層に激しく否定方向に首を振る。
「それなら、本当に、結構なんですけど。遠慮だけ、しないでくださいね」
彼女の返事は、やはりぺこぺこと下げられる頭だけだ。
麻祈といると、坂田は本当にろくなことがない。背筋にのし掛かってくる後悔を押しのけるように立ち上がって、麻祈は元のようにベッドへ腰掛けた。姿勢は変わったが気分は晴れない―――あるいは、感情も体勢も、本当の意味で元の木阿弥か。のっぺりとした重さを増しゆく頭蓋への慰めにと、せめて行き場の無い長嘆を噛みつぶすのだが、ひとつふたつと嘆息に千切れただけで手に負えない。
(なら、なおのこと、早く帰してあげないと)
気が重いことだったが、麻祈は坂田に声をかけた。
「お姉さん」
「―――え?」
「早く、来てくれたらいいですね。お姉さん。あれ? 確か、お迎えはお姉さんじゃありませんでしたっけ? 合コンの時のそれ」
「あ! はい、そうですね。すいません!」
「あの。さっきから、そんなに謝らなくても。なにも悪いことしてないでしょう?」
おっかなびっくり携帯電話を鞄から取り出した坂田に、どうにも疑問符が散ってしまう。彼女は手元を操作するのに夢中で、聞いていないようだったが。
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