.坂田が黙り込む。俯いて、なにやら床を凝視しているようだった。あるいは、その上に乗っかっているスリッパを。
思い至って、麻祈は再度、それを断った。それ自体は慣れたことだ。慣れたことだが、慣れるはずもないため息を、せりふに浪費することで誤魔化しながら。
「あの。それ、ちゃんと洗ってありますし。俺、本当にそういった病気は持っておりませんので」
「ち、がうんですから!」
「は?」
えらい剣幕で顔を上げてきた坂田に、のけぞりつつも、小首を傾げるしかない。
「違うんですか。はあ。じゃあ坂田さん、一体なにが―――」
「戴きます!」
「あ。熱いから気をつけ」
もう遅い。
机上から掻っ攫ったコーヒーカップに、水飲み鳥の玩具じみた動きで激突した坂田の顔が、即座に元の高さまで跳ね返った。含んだものを吹き出すのでは……しかもそれが万が一テーブルのノート型パソコン(Laptop)を直撃したらと血相を変えて立ち上がるのだが、彼女の渋面が赤黒くなっただけで、未曾有の大惨事は杞憂で済んだ―――
(って話か、馬鹿! んなことよりも坂田さんだろ!)
罵りながら、椅子の上で縮こまる坂田に、一歩を詰める。狭隘な一間だから、それだけでもう間近だ。膝立ちになって、彼女へと声をかけた。罪滅ぼしのつもりでもなかったが、自然と猫撫で声になる。
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