.手首をうねらせてカップの中の熱湯をぐるぐる回してみるものの、見るだに悪あがきは望み薄である。諦めて、ワンルームに戻る。
敏感に顔を上向かせてくる坂田に、麻祈はコーヒーカップを軽く持ち上げて示した。いつものように、コースター代わりに、テーブルのノート型パソコン(Laptop)横にあるメモ帳の上に置く。
「熱いので気をつけて下さいね」
恐縮する坂田から離れ、麻祈はベッドに腰を下ろした。この部屋には、坂田に譲った一脚しか椅子がない。急な負荷を受けたベッドの金属パイプたちは鈍い軋轢音をうならせて、いつもながらのシュプレヒコールだ。ふと、自分も雨に降られたことを思い出すが、もう気にならないくらい乾いている。座ってしまった今となっては改めて立つ気も起こらず、そのまま尻を落ち着けた。
と。
「あの。麻祈さんは、なにも召し上がらないんですか?」
「え?」
「その。お飲み物」
坂田は、こちらのひとつ隣の席に面するような方向に身体をかためて、卓上のコーヒーカップへと伸ばす決心がつかないままの手を膝に、おずおずと言ってくる。麻祈は、心配無用と片手をひらつかせた。
「いえ、お気になさらず。どうぞ。俺、今、茶碗でも飲みたいと思うほど、喉は渇いていませんから」
「茶碗?」
「? はい」
そう答えるしかない。ひとり暮らしなのに、ひと揃い以上の食器があるはずがない。
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