.いつもそうだが、麻祈の部屋は味気ない―――余計な私物を増やさないよう、自活するのに必要とされる最小公約数の条件を満たした物件を求める癖は、今時分は役に立ってくれている。まあ、単身者らしく、自堕落でもあった。サンルームへと繋がった、フローリング張りの八畳ワンルーム……壁沿いに置いている冷蔵庫も四段ボックスもベッドも、部屋の中央にある個人掛けのテーブルセットも、模様替えされた例(ためし)さえ無い。冷蔵庫の上には射的の的のように各種空き缶が並んでおり、シングルベッドの枕元では読みかけの愛読書が腹這いに開かれたままとくる。椅子が押し込められた円テーブルの下では、一升瓶とウイスキーボトルが卓の支柱に厳重包囲を展開すること四六時中。四段ボックスは下三段が本棚なのだが、最上段から洗濯済の衣類がべろんと垂れているせいで、どこになんの本を置いたのか見えやしない状態だ。ベッドのヘッドボードに引っかけてあるはずの部屋着兼寝巻きが見あたらないのに気付いて、今日はサンルームの洗濯籠(これも段ボール製のまま)にそうなっていることを思い出す……少しばかり寝坊したため、ハンガーから取り込んだその場で衣装替えしたので、そうなったわけだが。
窓ごしに差し込んできていた街灯だけで、ここまで判明する体たらくだ。麻祈は、ふたつある照明スイッチから、小サイズを選択して点灯した。坂田への嘘八百も忘れない。
「すみません。いつも帰って寝るだけなので、メインの電灯が切れたままほったらかしなんです。これで我慢してください」
「はい……ごめんなさい……」
状況を強いているのはこちらなのに、坂田はなんでか謝罪してくる。眼差しすらすまなそうな伏し目の彼女にどう応えたものか分からず、とりあえず麻祈は彼女へ椅子を勧めた。彼自身は、いつものようにボディ・バックや腕時計といった外出用の諸物を脱ぎ棄てて、換気すべく窓に向かう。向かったところで、踏みとどまる。
「もしかして。坂田さん、濡れたから寒いとか、あります? 俺、このへんがどれくらいだと快適なのかよく分からなくて。寒いようなら、エアコンで調節も出来ますけど」
「いえあの、暖かいくらいで」
「なら、よかった。今、なにか飲み物でも出しますね」
言い残して、きびすを返し、廊下に出る。
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