「あの。とりあえず、タオルとかどうでしょう?」
「え?」
「お詫び。タオルなら腐るほどありますので、三階のうちに上がって、身体をあらかた拭いて乾かして行かれてはいかがでしょうか? あれ? 誤用? タオルは腐らないのに」
首を捻っていると、坂田に言われた。
「すごくたくさんって意味なら、腐るほどで合ってるかと……」
「よかった。ありがとう」
ほっと胸を撫で下ろして、その手で坂田からひょいと傘を取り上げると、麻祈は踵を返した。ボディ・バックをずり上げて、総合玄関からすぐ始まる上階への階段に足を掛けながら、後ろの彼女を指招きする。
「ほら、こっち、早く。もう夜になる。冷えちゃいますよ」
―――坂田が、ついてきた。
施された装飾など、縁を竹串三本でなぞった滑り止めくらいしかない階段を、駆け上がる……と言っても、三段で踊り場があり、そこにある集合ポストを確認するために立ちどまったので、大股二歩程度だが。三〇三号室宛てに投函されているのは宅配ピザのチラシと無料タウン誌だけで、居候の面子は一昨日から変わっていない。
蝶番の金切り声を聞く気になれず、麻祈は投函箱をそのままに、蛇腹階段を上っていった。早足かと振り向けば、五歩ほど後ろには、きちんと坂田がいる。佇まいはきょろきょろと物見遊山丸出しだが、足つきはしっかりしていて、急な段組をした階段なのに、手すりに頼ってもいない。まあ麻祈とて、安心感よりも汚れと錆臭さの方が掴み取れそうなそこに触れようなど、思ったこともないが。
段を上っていく。自宅は三階だ。
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