「ってか、どうしてこんなところに? こんな季節ですが、いくらなんでも風邪を引きますよ。傘は? ―――坂田さん?」
先端で地面を突くことで己の傘を示すと、なんだかぼけっとしていた坂田も、さすがに気付いたようだ。やはり「ノーノー」の手付きをしながら、あわあわと言ってくる。
「あの。大丈夫です。傘ないですけど。家族に連絡したら、きっと誰か迎えに来てくれるから……」
「それは良かった。何分ほどかかるんです?」
「あ」
どうやら、新たに発覚したことがあったようだ―――しかも、悪い方面で。分かりやすく動揺した目の動きをして、坂田が高らかに右手を挙手した。なんの意図か不明だが、高校野球の選手宣誓を思わせる勢いだった。
「やっぱり歩いて帰ります!」
「は?」
「もう雨ほとんど止んでるし、わたし歩くの好きですから! じゃあ!」
と、やはり宣誓を済ませた甲子園球児がそうするような、ぎくしゃくした動きで、坂田が背を反す。その右手は、まだ高々と天空を射るように挙げられたままだ。
目の前にあったその袖口を、麻祈は、むんずとつまんだ。
そこにある手に、自分の傘の柄を押しつける。
「そうですか。ではどうぞ」
「え?」
「俺は走る方が好きですから」
そして言葉通り、麻祈は坂田を追い抜いて駆け出した。
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