「どうぞ。このタオルで、丁寧に拭いて下さい。何枚使っても構いません。使い終わったものは、この洗濯機へ」
と、下駄箱の隣にある洗濯機の上蓋を開けて、ドラムを掌で示す。もう中には何枚か入っているから、気兼ねせず続投できるだろう。気兼ねされても、目のやり場に困る。夕闇の中では分からなかったが、室内の蛍光灯に照らされ、濡れて張り付いたブラウスから下が透けていた。着痩せするタイプだったのか―――
(じゃねえっつの。こら)
乳房へと吸いついていきたがる視線を、電子レンジの横の小箱へと引き剥がして、麻祈はそこにからスーパー袋をひとつつまみ上げた。三角折りにして溜めてあるやつだ。畳んであるそれを広げて、あらかた拭き終わった風体の坂田に手渡す。
「ひと段落したら、靴下を脱いで、この袋に入れてください。あとそれ、俺のスリッパですけど、よろしければ使ってもらって。素足でフローリングというのも冷やっこいでしょうから」
「は、履いて、部屋の中まで入っていいんですか?」
「……じゃなかったら、なんのためのスリッパ?」
芸人のツッコミ道具として相方の頭をはたくか、芸人のボケ道具として履いてバナナの皮を踏むか。そのくらいしか思いつかない―――しかもなんだか色々なギャグがツギハギされている気がする―――が、生憎と麻祈と坂田はコンビ未結成である。ぎくしゃくと全身の空拭きを繰り返す坂田を、訝しむしかない。
と、そこにきて、それ以前の疑惑である可能性を思いついた。それに納得してしまえる以上、麻祈としては、釈明するしかない。
「あの。確かに、それは来客用のものではありませんが。俺、そういった感染性の持病ありませんから。ほんと」
「―――そうじゃなくて……―――」
「はい?」
「―――失礼します」
もごもごと言いながら、靴下を入れたビニール袋を肩掛け鞄の中にまとめつつ、坂田が足先をスリッパに移した。“そうじゃなくて”ならなんなのか、謎を隠されたことに目を眇めるが、もてなしとして問題ないと判明した以上は根掘り葉掘り訊く本義もない。麻祈は、新しく取ったタオルを抱きしめておそるおそるといった坂田を連れて、ワンルームに入った。
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