.戸惑いを喉に痞(つか)えさせたまま紫乃が棒立ちしていると、またもや麻祈が肩越しに横目をくれてきた。その瞳に燻っていたのは、まず間違いなく紫乃のそれと同じような情念だったのだろうが、彼は何度となく目線をあちこちに振ると、
「あ」
と呟くだけで、あっさりと陰りを脱ぎ捨てた。
しゃがんだまま器用に踵を軸足にしてこちらに回転すると、靴下を握っていたげんこつから、人差し指を立てる。
「あー、ああ、ええと」
そして咳払い混じりに呻くと、立てた人差し指の先を“バスケ”に向けた。
「洗濯籠です。これ」
言われて。
納得できるポイントは確かに見つかった。布製の触手は、はみ出た洗濯物だ。干して乾いて取り込んだ諸々を、一時的に溜め込んでおく容器―――ランドリー・バスケットなのだ、あの段ボール箱は。英語らしく発音された英語だったから、日本語らしく聞き取ろうとして食い違ったのだ。段ボール箱について。
「いえダンボール箱ですそれ二リットルペットボトル箱買い用ダンボール箱」
どうしても譲れなくなり、そう口を衝く。のだが、
「素材と形状はそうだとしても。ビニール袋を張って使えば不潔でもないし、壊れたらいつだってスーパーマーケットに行って新しいものと交換出来ますし、取っ手の穴が開いてる奴は丈夫で軽くて使い勝手がいいんです。だったら、これでいいんです。洗濯籠は」
畳み掛けるような説明に―――と言うよりか、畳み掛けようとする語気のつっけんどんな雰囲気に、邪険にされる予感がして、紫乃は抗弁を呑み込まざるを得なかった。麻祈の、いつもの和やかさを削ぎ落とした青白い輪郭の殺伐さに、しどろもどろになってしまう。それを知られたくなくて、紫乃は口先に有耶無耶な同順を塗った。
「そ、ですね。そう言われたら。そうかも」
下心が透けていたのか、麻祈はもう問い詰めてこようとはしなかった。ようやく立ちあがって、片手にまとめた靴下を指先でぶらつかせている。持て余しているようだ。履きたくないらしい。寒いくらいにエアコンが効いているのに。
(寒っ)
やっとこさ、それに思い至る。ひたひたと脛からスカートの中まで浸してくる涼気に、紫乃は吐息を固めた。かいていた汗が、秋雨のように冷たく衣服に染み始めている。麻祈は平然としているが。
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