.洋間から玄関までの短い廊下に併設されたミニキッチンに、ばん! と両手をつく。そのすぐ横、洋間のドアの蝶番に寄り添うように立ち止まった麻祈を見上げて、紫乃はまくしたてた。
「わたし、お料理は得意なんですから! お母さんとかお姉ちゃんにも褒められるし―――」
「だからです」
「え?」
否定されると信じていたところに肩すかしを食らった隙に、麻祈が横に倒した拳から親指を立てて、ミニキッチンを示した。
「料理慣れした奴こそ、料理するのに不向きなんですよ。うちの台所、ほんと独房って言うか、日本人向きの単身者用で。俺ですら、菜箸の先っちょとか手首とかが事故に遭う回数に耐えられず、こまめな自炊を挫折したんですから」
狭い。
こうして見ると、ますます狭い……親指に唆されるまま、紫乃は改めてミニキッチンを観察した。ふたり並んで立てない幅、肘を乗せれば壁に触れる奥行き―――言うなれば、小学校の時の学習机くらいしかない面積だ。その左半分が一口IHコンロで、右半分が流し台になっている。流し台の真上には作り付けの水切り棚が下げてあり、ちょうど紫乃の目の前に、食器とまな板と包丁が引っ掛けられていた。
(こんなところで、どうやって支度を……?)
米を炊こうとすれば、炊くまでの間、炊飯器を置いた場所は使えなくなる。炊飯器の置き場なんて、IHコンロと流し台の間しかないが、そうなるとまな板を置けるような場所はIHコンロの上しかない。となると皮むきやカットなど食材の下ごしらえはそこでするしかないので、その間は煮込むことも炒めることも出来やしない。ていうか、生ゴミをどう処理するんだろうか―――三角コーナーを流し台に置いたら、使える空間は半減だ。となると、包丁はまだしも、生肉を切ったまな板を衛生的に洗うなど不可能になる。
かといって、今こうして水切り棚に干してある調理器具は不潔そうではない。使ってきたなりにくすんでいるが。
「もちろん俺だって、坂田さんのお母さんやお姉さんの褒め言葉を疑っちゃいませんよ。坂田さん、きっと料理上手なんだと思います。でも、それって自宅での話でしょう? こんなところじゃねぇ……」
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