.総合病院の当直勤務が嫌で開業する医師も多いと聞くが。
麻祈は、当直勤務がさほど嫌いではなかった。復習がてら、とでも言うと誤解されるかもしれないが、専門を選んでしまうと専門外の知識がたちどころに風化してしまうのは誰とて同じで、ならば脳に活を入れる機会は生かしておくに越したことは無い……そして勤務医にとって、当直勤務こそその機会だと思うだけだ。単に、個人病院経営者としてレセプトを勘定しつつ損益に一喜一憂するよりか、四苦八苦しながらも本業に精進していた方が、性根に向いている気がするだけかもしれないが。
かもしれないが、三十四時間なんやかやで一睡することも許されず、ようやく帰ってこれた自宅にて湯船に浸かった途端に意識を失い、目を覚ましたら夢精していたとなると、勤務医をやっていくのに嫌気も差す。
(……疲れすぎだろ……俺)
頭を抱えたくなったが、さすがに理性が勝って―――薄まっているとはいえ己の体液を口にするほど貧しても鈍してもいない―――風呂桶の栓を抜く。湯水が抜け切るのを待たず、麻祈は風呂桶の中で立ち上がった。
単身者用アパートメントのユニットバス(Bath module)は二畳あるかどうかという狭さで、窓も無い……白目を剥いていたのが何分間なのか察しもつかないが、電灯の照度をランクダウンさせるほど立ち籠めた湯気の濃度から逆算するに、十分やそこらではなかろう。シャワーで脳天から全身を流して、適当に肩口や腕の匂いを嗅いでみるものの、濃密な湿気を帯びた熱気に胸が悪くなっただけで、精液の生臭さは嗅ぎ分けられなかった。先に頭と身体を洗っていたせいで、余計な香料までも吸いこんで、尚更こんがらがる。
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