.襟足を伝う水が痒い。水は汗かも分からない。バスタオルを洗濯機に投げ込んで、洗面化粧台から取り上げたフェイスタオルをうなじから前にひっかける。スリッパをつっかけた素足を玄関までずるぺたと進めると、それを運動靴に交換して、鍵を開けた玄関扉を押しのけた。
のだが。十センチ開いても、二十センチ開いても、誰もいない。ついに半歩ほど外に出る。
「あア(Ah?)? ンだよ(Jesus,)。いねぇし。外(Nobody's outside)―――」
「にゃああああぁぁ!?」
舌打ち混じりの毒つきが、裏返った悲鳴に叩き潰された。
矢先、そのドアの向こうから、人影が跳びついてくる。日本で急襲を受けた不幸にまずぎょっとして、そうしてくる人物の正体に、重ね重ねぎょっとした。
「うわ(Wow,)、 さかた―――」
「はは入って入って入って入ってえ!!」
「はぅぐ……(Ha-Ugh……)」
固化していたせいで、ばしばしと繰り出されてくる万力を込めた突っ張りに、太刀打ちできなかった。玄関へと押し戻されて、その勢いのまま玄関で運動靴を蹴り離し、替わりに廊下のスリッパを引きずる。麻祈は、閉めた玄関扉を大の字ポーズで押さえながら戦慄いている坂田を前に、それとなく後ずさった。
(見えない。見られてない。問題ない。そうだろ?)
坂田はどことなく俯いて腹の前に提げた大ぶりの肩掛け鞄を見詰めているし、廊下の照明はワンルーム・ドアから差し込む夕日だけだ。しかも今は、そのドアを背に、自分が立ちはだかっているのだし―――
と、そのワンルームのドアまで後ずさり切る前に、坂田の怒り声に追いつかれた。
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