「あ。あー、ああ、ええと」
意識して、咳払いする。
麻祈は屈んだままくるりと踵で半回転して、坂田に向き直った。靴下を握った掌から一本指を立てて、足元にある洗濯物まみれの洗濯籠(代名詞)を指差す。
「洗濯籠です。これ」
「いえダンボール箱ですそれ二リットルペットボトル箱買い用ダンボール箱」
「素材と形状はそうだとしても。ビニール袋を張って使えば不潔でもないし、壊れたらいつだってスーパーマーケットに行って新しいものと交換出来ますし、取っ手の穴が開いてる奴は丈夫で軽くて使い勝手がいいんです。だったら、これでいいんです。洗濯籠は」
坂田の低音の懐疑を、更なる低音かつ長文の早口で追いやる。
もとより本気で討論に掛ける議題でなかったのは相手も承知だったらしく、坂田が目を白黒させながらも納得の色を見せた。
「そ、ですね。そう言われたら。そうかも」
と、合いの手も従順である。麻祈は心の底で笑顔をキメた。
(よし。いける。まだいける。いけるですわたし。じゃなくて俺)
日本語で日本人を懐柔できた。ちょうど会話にワンクッション置けた形にもなったし、もう本題に入ってもよかろう。
どうしても履く気になれない靴下を指先でいじくりながら、麻祈は立ちあがった。坂田と向かい合い、正直に告げる。
「ところで、ええと。すいません。俺、坂田さんと、この時間帯になにか約束していたんでしょうか?」
「は?」
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