「……麻祈さんって、普段、なに食べてるんですか?」
「なにって。今、見たでしょう。野菜ですよ。あと、きのことか。勤務中はどうしても食事の内容も時間も偏りがちですし、職場のイベントに付き合う時期が来るとまず間違いなく太るので、普段の夕飯はその程度で抑えるようにしてます。肥えるとすぐガタが来るし」
「ガタ?」
「―――ええ」
喋り過ぎていた。右足の付け根をさすりかけていたのに気付いて、そこを素通りしてズボンのポケットに親指を引っ掛ける。言い残していたせりふも、別の本音に挿げ替えた。
「三段腹の医者にメタボですって言われても、説得力ありませんでしょう?」
坂田は、うんともすんとも言わず、じっとしている。やがて、意を決したように、こちらへと視線を上向かせてきた。
「あの。それ、おいしいですか?」
「…………」
麻祈は束の間、黙り込んだ。当たり障りない相槌を用意し損なっていたのではない……もとよりアルコールに美感を覚える舌を持つ自分にとってすれば、酒さえ良ければ夕食など焼き海苔の切れ端でも済ませてしまえるところを、腐っても医者だからと体調管理を心掛け、業務の一環と割り切ってバランスよい摂食に努めているだけでも勲章ものだ―――なんて開き直りの解説を、より耳当たりのいい日本語に捏ね回していたのですらなかった。もっと陳腐な理由だった。些か、坂田が不愉快だった。佐藤をだぶらせてしまっていた。あの夜の、酔っ払いのクダもろとも。
酔っ払いのクダである。真に受ける気は毛頭ないし、話した内容も順当に忘れつつある。ただ、真に受けざるを得ないのは、佐藤の奇行そのものだった。彼女は酒を飲んだ。理性を欠く必要があったからだ。飲み慣れない女性が翌日の地獄を予期しえないはずもない……それでもだ。記憶喪失になるどころではなかろう―――だからこそだ。
(世話焼き、か)
彼女に、そう続けられなかった。
坂田には、そんなことは、続けるまでもない。なので、温和に突っぱねる。
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