「そんな、お門違いな。味覚と栄養学は抜本が異なる……俺にとっての優先順位もね。もちろん、両立しているに越したことはないとは思っていますよ。それで、それがどうかしました?」
どうかしてしまったらしい。
正面。素直に円くなっていただけの坂田の目玉が、黙考して、それを終えて、横長に伸びた。きりっと。意志を帯びて、決意を固めた目付きだと思えた。
(思い過ごしだ)
「麻祈さん」
咄嗟に悪い予感から脱兎しかけたところに、釘を刺される。
彼女の声は強かった。裏表なかったはずのものが、今は裏に隠すものを得て、表立って胸を張っている。つまりは、強くなった。
逃げ出せたところで、逃げおおせれそうにない。やや引き腰で警戒しながら、返事をする。
「はい」
「わたしとの約束、忘れてましたよね?」
「ええあの、それは重々―――申し訳なく」
「でしたら、わたしも今日の予定を狂わせていいですか?」
「は?」
「わたしが今日の夕飯を作ります!」
麻祈に向かって、言い切る坂田。
そう―――瞳に闘志、眉に気力、怒らせた肩には漲るやる気。それはさながら、宣戦布告だ。ファンファーレが無いのが玉に傷と思えるくらい、サマになっている。非のうちどころが無い。今この時に、目の前で……今この時に? 目の前で?
(勘弁してくださーい)
麻祈は絶望した。
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