「あ、の……なんですか急にどんよりとして? だいじょ、大丈夫ですか? たんこぶ出来そうですか?」
「す、いません。ちょっとここしばらく、寝れなかったり、食事を摂れなかったり、欲求不満が。その。ごっちゃになって。はは」
坂田へ向けてうつろに顔半分だけ笑いながら、ぐりぐりと壁紙に額を押しつけつつ、麻祈は必死に打開策を打算した。
(とにかく。一刻も早く食って出して寝ないと。最短時間で、それをこなすには―――)
その一。坂田を追い出し、食って出して寝る。自前で。
(無理だろー。追い出すところからして無理なんだからフルコンプ俺は無理だろー。となると、)
その二。坂田を追い出さず、食って出して寝る。部分的に自前で。
(どの部分を誰が持つんだよ。もー考えたくもねーよ)
つまりは、その三。それしかない。
麻祈は、どうにか立ち直って、坂田に提案した。
「……ええと……それでしたら、諦めるのでなく。また今度ということで、いかがでしょう? 料理」
「え?」
「今日は、俺と外食しましょう。坂田さんお手製の食事をご馳走になるのは、また今度ってことで。俺、どうせなら美味しいものを食べたいんです」
彼女の唇に抗弁の予兆を感じて、布石を打つ。
「坂田さんにどれだけ腕前があっても、こんなとこじゃ本領を発揮できやしませんよ。ゴキの野郎に怯えた指で使い慣れない調理道具を扱うなんて、どんな怪我するか分かったものじゃないから、俺もヒヤヒヤするし。ね? 今日は、当初の約束通り、俺と外食することにしましょう。これなら誰も約束を破っていませんから」
数秒は健闘したようだが、坂田は結局、頷いてきた。
またひとつ手に入れた白星を、ほくそ笑み終えた詐欺師は安堵もろとも握り締めるのだが、そこにある杞憂の棘に皮を突かれる。その場しのぎが成功したってことは、失敗するその瞬間まで、シノギを削るシーンが続くという裏返しなんじゃあるまいな?
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