.にんまりと、麻祈は破顔する。
「こわい? こわいんだ」
坂田は、まるでこわくない今まで通りですと言い張るように、またしてもミニキッチンに両手を突き直して、前髪が揺れる程度に首を横にふるふるさせてくるが。
麻祈が見ていたのは、一向に逸らされたままの彼女の視線の突端だった。正面。何もない壁を真っ直ぐに見詰めている。そこではないどこかに潜んでいるものを無視するように、真っ直ぐに。
それをへし折るのも悪くない―――坂田を台所から中座させるには悪くない恐喝だし、単純にまったりと嗜虐する愉悦の味も悪くない。麻祈は、意図的にせりふの音速と音程を落とした。
「半熟卵の親子丼とか、手を離せない時に限って、でっかいのが一匹やって来ましてねえ」
と、坂田に料理シーンのイマジネーションを植え付けるため、ミニキッチンにひっかけてある菜箸を手に取る。それを、坂田は見てこない。ならばと、空想の具をつまむように、中空でカチカチと箸の先っぽを打ち鳴らす。
「料理中だと、噴霧タイプの殺虫剤も使えないでしょ。油断してると―――このへんとか、這い上がられた経験、あります?」
言いながら、くるりとペン回しした菜箸の尻で、坂田の小指の付け根をちょんと突く。ミニキッチンに乗せられた手はぶれない。
「い、え」
返事も健気だった。
追い詰めてみるのもいいかとそそられるまでに。
「このへんは?」
同時に麻祈は、菜箸の接点から、そっと撫で上げた―――手から手首、肘から肩へと。
半袖の中に入るかどうかといった矢先に、ばっと坂田がその場から飛び退いた。そして、悪寒を宥めるように自分の胸倉を抱きすくめて、張り目を上ずらせてくる。
さすがに度が過ぎたようだ。麻祈は両手を顔の横に掲げて悪戯のお開きを示しつつ、苦笑した。もろとも挙げていた菜箸を、ミニキッチンに元通り引っかけて、
「ね。やめときましょう。今のだけで、想像するのも嫌になっちゃったでしょ? 俺だって、袖口から脇の下にインされてからは、もう懲りちゃって、」
「やめません」
坂田は、続けた。麻祈を振り切るように、身体までふいと背中を向けて、
「諦めません」
(なんでだよ?)
声に出さず、麻祈は両手を下ろした。
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