「他の選択肢もあるでしょう。ここ、駅にも住宅街にも近いので、個人経営の居酒屋から大手チェーン店のファミリーレストランまで揃い踏みしてますよ。ピンキリに。キリはオススメしませんけど」
「しないですよ。普通」
「見どころとしては、後ろ向きにピンなんですけどねぇ。今日はどこまで堕ちてるんだろうと気に掛かかってポツポツ足を運んでるんですが、今のところ底が無くて。キリなのにキリがないのがまたもやもやして覗きたくなると言うか……」
「限りなく嫌な注目の的ですね。それ」
半眼になってうめく麻祈に、似たような波長で言い添える。
そのまま言及することなく、麻祈が矛先を変えた。
「バスで帰るんでしたら、駅前の方が都合がよろしいんじゃありませんか?」
「いいんですよ、そんなの。気にしないでください。わたし、帰ることよりも、今は食事の方が楽しみなんですから。頑張って歩けば、ここから自宅だって徒歩圏内だし」
「はあ。となると―――」
と。
気が付いて、紫乃は小首を傾げた。はずみで肩からずり落ちかけたカゴバッグを掛け直す。
「麻祈さん、なんだか急に楽しそうです」
「あれ。顔に出てましたか」
まるでタイミング悪くヘマを見られたといった風に、ばつが悪そうに麻祈が応える。しかし観念する切っ掛けにもなったらしく、思い当たるふしを白状してきた。
「ここから歩いて十分少しの街中に、俺がちょくちょく顔を出す店があります。味は良いし、店長も愛想が良いですから、俺としてはオススメかなぁと。今なら―――ちょうど、開店する頃合か」
「そこにしましょう。決定!」
「じゃ、行きますか」
「なんて名前のお店なんですか?」
「ノノクラです」
字は分からなかったし、言われたところで分からない字だったらどうしよう―――クメール語とかは無いだろうけれども―――と言う恥ずかしさもあって、紫乃はそれを尋ねることはなかった。……否。
もっと目先のことを楽しんでいた。
麻祈に並んで歩いていく。紫乃の方が若干はしゃいでいた。そわそわと早くなる麻祈の足に合わせるには、それくらいでちょうど良かったし、紫乃が麻祈の足取りに気付いていることを気取られないためにもその方が良かった。
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