.着替えて玄関から出てきた麻祈は、穿き古したジーンズに、それよりは新しいシャツといった格好だった。やはり長袖で、頭のてっぺんからつま先まで完全夏仕様の紫乃は居心地悪く感じたが、本人は歯牙にもかけていないようだ。以前見かけたボディー・バッグは仕事用なのか、携帯電話と財布だけポケットに入れて手ぶらである。施錠し終えた鍵もまとめてそこに突っ込むと、結わえられたキーチェーンが波打った。
アパートの階段を、三階から一階に降りる麻祈についていきながら、会話を交わす。
「ええと。どこにしましょうか。夕食。坂田さん、アレルギーとかあります?」
「ないですよ。麻祈さんは?」
「俺もありません」
「オススメの美味しいお店があるなら、教えてください」
「え?」
ちらと振り返ってきた眼差しが、こちらの図々しい申し出を嫌忌するものではないと見て取ってから、紫乃はせりふを続けた。
「あの。葦呼……佐藤の葦呼は、割とそういうの詳しくて。ひとり暮らししてると自然に詳しくなるもんさって、前に言ってたから。麻祈さんが、ご存じなら。そこがいいかなって」
「いえ、しかし」
そこで、一階に到着する。
麻祈はアパートメント前の歩道に出ると、指揮棒でも振るように、あちこち適当な方向を指差してみせた。
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