(ただでさえ疲れてんのに、変なもん食わされたかねーよ。出来上がるまで待ってたかねーよ。調味料の配置とかが変わると俺が今度使う時イラッとくるし、きったねえ後片付けされでもしたら後始末までしなきゃだし……)
せりふに連れ立って、思い出す。
高熱を出して寝込んだ麻祈のもとに、鼻息荒く押しかけてきた大学時代のサークル仲間がいた。彼女は、食事を用意してくれると言う。病人の世話も料理も慣れてるから、と言う。彼女の好意は純粋にありがたかったし、常ならば警鐘を鳴らしてくれる体力も気力もダウンしていたので、麻祈は言われるまま寝込んでいた。異音も異臭も気のせいだと言い聞かせていると、やがて叩き起こされた麻祈が食卓で目にしたのはスパゲッティーだった。
調理時間のみならず皿に浮いた油膜の具合からしてソースは安い市販品の流用だったし、そんな胃腸に負担をかける油脂分たっぷりの手抜き料理を平気で病人食にあてがう彼女は、どう差し引いて格付けしたところで看護者としても料理人としてもズブの素人だった。だが疑ってかかることすら億劫で、麻祈は促されるままそれを口にした。眩暈がした。麺はアルデンテというのもおこがましい硬度で、しかも部分的に焦げている―――乾麺を茹でた経験すらないと推測するのは容易かった。
それらに言及すると女は逆上した。自分としては、料理の出来不出来は問題でなく、嘘をつく不誠実さについて伝えておきたかっただけなのだが―――
「勘弁してください」
往生際を認めた麻祈は、渾身から恩赦を乞うた。若かりし頃ですら耐えられなかった局面に、すっぽんぽんのまま湯船で寝オチした挙句シモから漏らしたほど疲労困憊している今、太刀打ちできるとは思えない。実際に降参の念を示して、両手を肩口まで挙げる。
そのポーズを見せつけるべく、こちらなど見ちゃいない坂田へと、のそのそ歩み寄る……当の坂田は、鞄を放り出してずんずんと、麻祈宅のミニキッチン前に移動したところだった。張り切って、ワンルームから玄関に繋がる廊下に併設されているIH式の一口コンロに手をつきながら、
「なんでですか!? わたし、お料理は得意なんですから! お母さんとかお姉ちゃんにも褒められるし―――」
駄目だ。この勢いを止めることは出来ない。
ならば止めずに受け流す。麻祈は、穏便に牽制した。
「だからです」
「え?」
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