.脳裏で自然に流れだしたG線上のアリアを聞きながら、呟いてしまう。
「グレーゾーンすぎる。白黒つかない」
「ぶえっ!?」
背後からの異音に振り返ると、やはり坂田だ。麻祈のうしろに坂田という配置も、彼女が息を呑んでいるのも洗濯籠の時と同じだが、先程よりじゃっかん腰が引けている。目線さえ正直に、どことなく冷蔵庫の住人たちを正視していなかった。いや、正確に言うと、個々に見咎めてはいる。ハイボール缶、限定品の焼酎の小瓶、歯ブラシ―――楕円の悪魔からの隔離施設としてここ以外に最高な場所があるとでも?―――チーズや佃煮などの小物。ただし、動揺の元凶だけは、もう見ない。一回見ただけで充分だったのだろう。
言ってくる。
「なんですかソレッ!?」
「なにって。切断したキュウリとニンジンをコップに立ててラップした状態ですよ。いわゆる野菜スティック」
「しけったフライドポテトか夏休み明けの学校の窓辺にある鉢植えレベルに総員お辞儀してますけどっ!?」
「していたとしても、野菜スティックです」
断言して、麻祈は保冷庫を閉じた。立ち上がる。
「気にしないで下さい。食べよう食べようと思って今まで放っておいたんですから、まだしばらく放っておいたところで大差ないです。よし、そうと決まったら、夕食はどうしましょうか? 食べたいものとかありますか? あ。それとも、もう行く先も約束してましたっけ? 俺」
気分を変えようと晴れやかに笑いかけるのだが、対する坂田は反比例するかのように面の皮の柔軟性を失くしていく。そして、夜中に便所に行く子どもがぬいぐるみをヘッド・ロックする風に鞄を抱き込みながら、やはりそういったシチュエーションを思わせるごわごわとした様子で、口を開いてきた。
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