(いーや……汁に血も混じって無かったみたいだし。もう流して、風呂だけ片づけて寝ちまお……)
懸下(けんか)しつつある股間から一刻も早く余熱が抜けてくれるよう祈りながら、麻祈は夢現のまま、ふらふらと素っ裸で風呂の掃除をした。といっても、水たまりや浴槽の湯垢の線を拭く程度だ。洗剤やらスポンジやらを取り出して本格的に取りかかるつもりはない。て言うか、出来ない。正真正銘、力尽きかけていた。
(んっとに、勤務医の当直は過労死モノだよなぁ。3K―――汚い・キツい・首吊る、だっけ?―――とか言われてた看護師だって、今じゃ夜勤のあとは休みもらえてんのにさあ。それってやっぱ声を上げただけ拾ってくれるくらい、日本のマス・コミュニケーションが整ってっからかなぁ……て、整いすぎて閉じちゃってるから、ほんとテレビドラマだけは見れたもんじゃないけど。ドラマってジャンルに真面目過ぎんだよ。だから良くも悪くも医者が医者っぽすぎて見てらんねえんだよ。こないだの映画だってそうだよ。なんで感染症の本棚にメニエール病の本が鎮座してんだよ……)
それっぽい名前だからというだけで選出されたのだろうが、内容を知っていると頓珍漢さに視聴意欲も萎える。職業病とは恐ろしい。
なけなしの正気を総動員した結果、どうにか風呂は片付いた。風呂場から出ると、すぐ左手に洗面化粧台、右手にドアを隔てた便所がある。洗面化粧台にひっかけておいたバスタオルで身体を拭いてから、乾かした足をスリッパに移した。ワンルームの窓から、ドアのスリ硝子細工を越えて廊下にまで差し込んでいる日の光は、斜陽の陰りを帯びて黒ずんでいた。
夜めがけて腐り落ちたようなその気味の悪い色も、肌にまとわりついてくる湿度と気温も、全部が全部にうんざりだ。
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