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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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 その地味な痙攣も過ぎ去って、しばし。彼が、壁から離れた。虚ろな陰影は拭いきれていないが、それを朗らかな笑みで埋め直して、目の下の隈を紛らわせることにまで成功している。

「……ええと……それでしたら、諦めるのでなく。また今度ということで、いかがでしょう? 料理」

「え?」

「今日は、俺と外食しましょう。坂田さんお手製の食事をご馳走になるのは、また今度ってことで。俺、どうせなら美味しいものを食べたいんです」

 どうせ美味いものを作れるはずがなかろうと言外に聞こえてきた気がして、どうしても心がささくれた。ぐっと堪えて噛み締めて、揚げ足を取りにかかるせりふに文字通り歯止めをかけるのだが、紫乃のその口周りの動きの方がはるかに雄弁だったらしい。麻祈が、発言を取り繕うべく、またしても言ってくる―――口八丁で篭絡するために。またしても。

(絶対きいてやらない)

 決心する。



「坂田さんにどれだけ腕前があっても、こんなとこじゃ本領を発揮できやしませんよ」

 その通りだと言えた。

「ゴキの野郎に怯えた指で使い慣れない調理道具を扱うなんて、どんな怪我するか分かったものじゃないから、俺もヒヤヒヤするし」

 まず間違いなかろうと思えた。

「ね? 今日は、当初の約束通り、俺と外食することにしましょう。これなら誰も約束を破っていませんから」

 当初の約束。

 それを守ると言う彼に、ぎくりと紫乃は動揺した。旨味ある嘘を舌に感じるまま“当初の約束”を守るだけでおれなかった自分は、こちらの欲深さの埋め合わせに付き合わされているなど思いも寄らない麻祈を、こうして成り行き任せに利用しているのだ。

 募りゆく後ろ暗さは重い。けれども甘く、だからこそ逆らえない、背徳を抱えた満足感。

(お互い様、か)

 折り合える理由に縋ることで、紫乃は麻祈の申し出を呑み、己の卑しさから目を背けた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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