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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.とのわけで、濃い日陰を渡り歩くように、小休止を挟みながら進んでいく。紙袋を提げた指が、汗ばんでビニール製の紐を滑らせた。日傘の影に収まりきらない素足が、直射日光に当たる都度ひりついてくる。ああ、足の甲とか、サンダル焼けしちゃうかも……せめて、赤くなるのは数日後になりますように。

 そして、どうにかこうにか、目的のアパートメントに到着した。時刻は、携帯電話の画面で確認すると、十七時前―――“暗くなる前”というワイドな時間指定である手前、ざっくり夕方だと見積もれば致命的に的外れでも無かろうと高をくくってきたのだが、それでもまだ躊躇ってアパートの駐車場まで寄り道してみる。がらがらに空いているアスファルトの上で、目星をつけた自動車に近寄ってみると、やはり麻祈の乗用車だ。フォルムや色だけでなく、助手席にいる顔触れが、あの夜のままだ―――それらの位置もおそらく変わっていない。

(誰もここに座ったりしてない)

 よし、と小さく頷く。

 紫乃は、来た道を辿って駐車場を出た。そして、今度こそアパートメントに向かう。

 そのアパートメントは、辿り着いてみると、やっぱりそのアパートメントだった。やはり人気なく、紫乃以外誰もいない、鉄筋コンクリート製の四階建て。敷石のタイルも砕けたままで……なんなら前より増えていたところでおかしくない。

 三〇三号室と思しきサンルームの窓を見上げてみるが、人が顔を覗かせている風でもなかった。虫がとまっているくらいだ。大きさからいって蝉だろう。

(蝉?)

 にしては、いやに黒い。と気付いた途端だった。

 それが壁を這った。ゴキブリだ。

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.―――ハイ……

 ―――あ、もしもし、坂田です。

 ―――エエあァ、どうも、そうでしたね、電話、時間……

 ―――あの、それで、前の電話で今日返す約束したサンダルなんですけど。本当に今日いいんですよね? いつくらいなら、ご在宅でしょうか?

 ―――ございたく。それは、今日は、暗くなる前には、いましたら、いいなあ……いいや、います、いますんですから……

 ―――は、はあ、それならわたし、バスを使って夕方にお伺いします。帰りもバスを使いますので、そこはお気遣いなく。

 ―――ええ、どうも、では、これでは……

 ―――これでは? あの……え? あ、切れちゃった―――

 とか思い出すまでもなく、

(うわあ。ほんとにひとりになってからケータイいじってるし……)

 赤面して、紫乃は身悶えする身代わりに、携帯電話をカゴバッグへと強引にねじ込んだ。

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.ちらっと虚空を見上げて、そうやって思い出を拾うことさえ楽しげに、二枚目の―――あるいは三枚目かそれ以上の―――煎餅に手を伸ばした。海苔巻きかサラダ味か迷ってから、結局は一枚目と同じ胡麻ふり七味がけを取り上げた。

「その紫乃が、いったんフラれたのに、また自分から頑張って追いかけてこうとしてるなんて。ちょっと新鮮」

 いったん振られたことになっているらしい。まあきっと、それでもいいのだ。それは母にとっての、紫乃の話だ。いつもみたく、ちょっと恍けたところがある母だ。

 相槌を打って、納得するしかない。

「そ、うなんだ」

「そう」

「うん。あの」

 そして、納得してしまえば、告白したくなった。

「実のところ、わたしも、新鮮だったりして」

「でしょ」

 そうなると、途端にいたたまれなくなって、そわそわと紫乃は席を立った。

「あの。ちょっと、行ってくる」

「車に気を付けてね」

 そのまま玄関から出て行こうとして、手ぶらであることに気づいて、部屋にとんぼ返りする。カゴバッグと紙袋を掴んで小走りに廊下を行くと、トイレに行こうとしていたらしい母と通りすがった。俯きがちに好奇の視線をやり過ごして、もういちど玄関で新品のサンダル―――まさか借り物より古めかしいものを履いていくなんて無謀は冒せない―――につま先を移したところで、麦わら帽子を忘れてきたことに気付いたが、また取りに戻るなんてとんでもない。見られるほど、おっちょこちょいに拍車がかかる気がしていた。

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.それを見返す紫乃が、反駁する機会を窺っているのを察したらしい。母は再度、説明に戻った。

「あとの証拠は……そうねぇ。また、みんなの前でも平気で携帯電話いじるようになったから」

「そんなの、別に普通のことじゃ―――」

「うん。普通。いつも、大体そうなの。大体いつも連絡くれるのは、いつもの人ばっかりだから。お母さんに見られても、お父さんに見られても、お姉ちゃんに見られても、ありきたり。そんなお友達からの連絡や、会社の人からの電話や、広告メール。その履歴を消したり整理したりするのを見られるのだって、ちっとも普通なのだらけ」

 うんうんと頷く紫乃。

 それを横目にした母が―――どうということもない、いつもの母が、したり顔もせずにさらっとトドメを刺してくるなんて思いもよらなかった。

「けど前はそれを、みんなのいないところで、するようになってた。だから―――ああ、そうすることが、紫乃にとって特別なことになったんだなって。履歴を眺めるのさえ楽しくて、誰にも邪魔されないで、部屋でひとり占めにしていたいんだなって。お母さんは思ったわけよ。それがぱたっとなくなったから、あーららフラれちゃったのねーって」

 言われてみれば、思い当たる節しかない。

 それが、ひどく理不尽にしか思えない。

 紫乃は、呟いた。

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「やだなに? もー。この子ったら。お母さん変なこと言ったみたいじゃない」

「変なこと……言ってないの……?」

「言ってないわよぅ。正直なことしか」

「それ……どういう……」

 深追いしない方がいい気もしていたが、思わず食卓に前のめりになりつつ、半眼を歪めながら呻いてしまう。

 対する母は、どこまでも気負いなく、頬杖なんかついてみせた。

「紫乃ってば。大事なものほど、こっそりひとり占めしないと気が済まない子だから」

「え?」

「小さい頃から、なんでもかんでも漱に横取りされてた反動かなぁ。自分だけのおやつとか新品のオモチャとか、こっそり自分の部屋に持ち帰るまで、そわそわ落ち着かなくて。それで、おやつのひと口目を食べるなり、おもちゃのパッケージを開けて眺めるなり、ひとしきり堪能してからじゃないと二階から降りてこないで」

「そんなの、小さい時のことじゃん!」

「そうでもないわよ。あんた今だって、漫画とか雑誌の新刊、ちゃんと目を通してからじゃないと居間に持って降りて来ないでしょ。柿ピーとか駄菓子は茶の間で食べるのに、コンビニでゲットした新作スイーツは部屋までお持ち帰りだし。ハズレだったら味見したやつ持ってすぐに降りて来るくせして、アタリだったら三十分は引きこもりコースで。お姉ちゃん、『どーせ食べ終わった包装紙とかスプーン眺めてニヤニヤしてんでしょ』って鼻で笑ってるわよ。毎度毎度」

「え? あ。う」

 「え?」で言い返そうとしたけれど、「あ」で実話であると思い至り、「う」と抗弁を呑み込んだ。その隙に、母が言葉を継いでしまう。

「今回も、それとおんなじ。前までは、お風呂と夜ご飯済ませたら、すぐ部屋に行って電気消しちゃってたのに。最近は掌を返したみたく、一階でぶらぶらテレビみたりとかケータイのゲームつけたり消したりで、ちんたら時間潰し。だからお母さん、あらまぁ遠足の時と一緒だわーと」

「えんそく?」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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