「それで。なんでしょう?」
「登録社員から引き抜いてきた上野さん。上野、飛小夜(ひさよ)さん。仮雇用中の。記憶にあるかな?」
「もちろんです。彼女に女性独身寮の案内をしたのは、わたしですから。その時は大家さんが不在で、鍵を借りて。その上野さんが、どうかなさいました?」
「君は社内組だし事務だから知らなかったろうが、今週半ばくらいから、ひどく調子を崩している様子だったんだよ。上野さん。いや、わたしも営業課長から報告を受けて知ったんだけど」
そこで、喋る言葉を考えるいつもの手癖で片耳を掻いたのだろう。社長のせりふが止まる。彼だって休日で自宅にいるはずなのだが、物音からは、まんまるの目に管理職の悲哀を漂わせながら示指で耳朶をさするデスク姿しか思い浮かばなかった。
その温厚な丸顔に似合わない、困惑を宿した静けさの漂う声が語っていく。
.
[0回]
PR