. 近づいて、順繰りに小皿のアルミホイルをはぐれば―――だからサランラップは買い置きしておいてって言ってるのに!―――、がんもどきの煮物がひとつと、たまごと菜物の煮しめがひと口分。別の皿にはパスタサラダ。そして最後のやつには、こんもりと、昔のコントでしかお目にかかったことがないような盛り方をされた白米。
(てことは、お父さん、またわたしのお茶碗使って二杯目のお味噌汁飲んだな~。高血圧の薬飲んでるくせしてぇ)
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食事をすべて済ませて茶碗も水につけてから、けれどなんだか物足りないと誰かの汁物を失敬する……しかも食器棚から茶碗をもってくるのを横着してその場にあるそれを勝手に使うのは、ダブルで父の悪癖だ。以前は食パンをシメに食べていたのだが、太る肥える死ぬならマシだ介護は嫌だが託老所にやる金はねぇと漱(すすぎ)―――繰り返すが紫乃の実姉だ―――がズビズバ直言したものだから、カロリーではまだましだろうと父が泣きついたのである。姉は割と鬼だが人間の血は通っているので、味噌汁を極限まで薄味のごった煮とすることで、譲歩案を寛恕したのだ。それはいい。いいのだけれど、もう一人前余分にこさえてくれるとか、とにかくいつだって自分が犠牲となる不公平さだけは、なんとかならないものか。
(無理だよね。もしもお父さんが食べなかったら、一人前だけ余っちゃうんだから)
とほほと、どうにもならないことに嘆息ひとつで区切りをつけてから、紫乃は箸置きの下にあるメモ用紙を見つけた。四つ折りを開くと、金釘が折れたような汚い字で「食せ」とだけ記してある。個性極まる字体で分かる。姉の伝言だ。
(てことは小皿のこれが、わたし担当の今週の余り物かぁ。あんまし残らなかったんだ。良かった)
母は料理するのが好きで、しかもそれを食べている家族を見るのが好きという、典型的な作りすぎママである。次週へと持ち越せそうに無いものは、こうして週末に完食するのが恒例だ。そして足りない分の土日の食事を、週替わり当番で交代しつつ姉妹どちらかが受け持つ。それだって坂田家の法則だ。
ふと、まだ確かめていなかった卓上の鍋を見る。円い蓋の中央にある取っ手には、セロハンテープで紙切れが留めてあった。やはり姉の筆跡で……ただし、今度は「夕食用」。
(夕食? お姉ちゃん、なに作ってったんだろ? なんの匂いもしな―――)
蓋を開ける。
じゃがいも(生)三個があった。だけ。―――少なくとも、食材としては。
いもの上には「旅に出ます(日中限定←レア)」との置手紙があった。無論、姉のそれだ。
「片付け食べしてから作っといてってこと!? 夕方に帰ってくるからそれまでにって意味なのこれ!? 食事当番おねーちゃんなのにレシピまでこっちに背負い投げなんて、いくらなんでもひどっ!」
思わず声に出して非難するが、それを聞き入れるべき姿は既にここでなく、レアな日中限定の旅路上にある(らしい。自己申告によると)。ばたばたとその場でいきり立つが、どうにもならない。
食前に身支度を整える気力すら萎えて、紫乃はそのまま席に着いた。レンジで温めもせず、もくもくと早めの午餐を征服する。冷めていても美味しい。腕のいい料理人を母親に持って幸せだ。
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