. ぱか。と目が覚めたのは、正午前だった。
いつもは七時前後で勝手に覚醒するのに、こんなぶっちぎりの寝坊なんて久しぶりだ。ひと言で言うなら、わひゃーである。ふたフレーズにするなら、どうしちゃったの体内時計ったらご乱心? ってなもんであろう。もっと言い足すとしたら、―――ささやかな恨み節。その程度だ。
「……ほんっとに、もうビールなんて絶対に飲まないんだから」
二日酔いはないが、それでも不機嫌に枕元の目覚まし時計を握り締めて、紫乃は呟いた。
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もそもそとベッドから身を起こして、すぐ右手にある窓のカーテンに手をかける。燦々とした日射に目を細めながらもなんとかそれを全開にすると、いつもの光景がそこにあった。二階から見下ろす、すぐ手前。猫の額のような庭に、自転車小屋。投函箱が塗り込まれた低い塀の向こうに、車が二台すれ違えばぎりぎりの幅の道路。そこを、小学生がばたばた走り抜けていった……小学校が近いので、休日となれば、こんな風景はお定まりだ。
耳をすませてみる。外からはたくさんの雑音がしたが―――二輪車の高らかな排気・金属バットが硬球を打ちのめす音・「公園行ってやんなさい公園行って!」「やだ次バトミントンすんだから!」―――、家屋の中からは物音ひとつない。我らが坂田家、築ン十年の木造二階建て住宅は部分的にリフォームを済ませてあるものの、人間が移動すればいちいち軋んで文句を言ってくるくらいの年寄りだ。その堅物が気前よく沈黙している。となれば、紫乃以外は総員不在とみて間違いなかろう。
(うう。茶碗洗い決定……)
食事を最後に済ませる者が食器を片付けるのが、坂田家の金科玉条である。平日はパートの母がその役目に甘んじているわけだが、今日はもう紫乃が格闘するしかないようだ。
パジャマのまま部屋を出て、ぺたぺたと素足を鳴らしながら―――厚底靴なんかで出かけたせいで疲労感という名のルーズソックスを履かされた心地だったけれど靴擦れまでこさえなかっただけ泣きっ面に蜂じゃないよねうん―――、階下にある台所兼食卓へ向かう。廊下、階段と行く道も、たどり着いた先も、どこまでも無人だった……よくある台所と、それに併設された食卓。。ダイニングテーブルと言ってしまえるほど現代風ではなかった。台所は年季が入って年末大掃除だけでは水垢と油染みが抜けないし、同居していた祖父母が他界してから広すぎるようになった食卓だって買い換えられる気配はない。ちなみに、戸板一枚向こうも、リビングというよりか和室にテレビに座布団である。……やはりここは、ダイニングテーブルでなく、どこまでいっても台所兼食卓だろう。椅子席だけど。
その、紫乃の席。そこに、小皿が四つと、蓋をした鍋が置いてあった。
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