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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.ただ皮肉げに、口の端を上げる。

「そうですか。でしたら、どうぞ。ご勝手に」

(また……イラッときた?)

 だとしたら、紫乃には見分けられたと思う―――それは、今さっきも見た表情だからだ。計画性に基づいた計画を破綻させられた苛立ちと、その埋め合わせとして相応の理由と理屈を要求する、神経質で頭でっかちな渋面。

 ただし、その対価の支払いを求める先が、今は外側ではない。内側だ。だから、紫乃に返事を求めるでなく、押し黙ってしまった。

(自分にイラッときてる?)

 わけが分からない。わけを知りたくて、だとしたら、彼を窺うしかない。

 麻祈は、自分の財布と小銭を乱暴にポケットに突っ込んでから、言葉を発するでも身動ぎするでもなかった。ただ、夜闇に溶けるような黒髪の奥にある眼光だけが、じわじわと感情の溶け残りの嵩を増して引き攣っていく。それは彼にとって、不愉快なはずだ。だとしたら、取り除けるものなのか、それを見定めようとして……

 根負けしたのは、麻祈の方だった。紫乃から目を逸らして、そのまま歩いていこうとする。手の先が外灯に照らされて、肌色が白く染まった。

 だからこそ、目が留まる。トランクから車椅子を出す際にそうなったのか、爪のきわから指にかけて、こびりついた砂と土が茶色い斑を作っていた。

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.怯えないでいられるうちに、そっと彼へと近づく。スロープを降りながら、紫乃は勘に従って弁明を続けた。誰が・どうして・そうしたのかを、彼にとっての序列―――店長・古参客・新米客―――を乱さない文脈で、必死に言い募る。

「わたし、人様のそういうの、扱ったことがなくて、こわくて。篠葉さんに任せてたら、こうするのが一番だって、麻祈さんの財布を拝借して、会計を済ませてくれたものですから……」

 ついに、スロープから、駐車場に降りることが出来た。

 その勢いで、彼の前まで、たどり着く。

「あの、これ、おつりです。小銭入れ、このお財布と別ですよね? 使った感じなかったので」

 麻祈は、探るような眼差しで、紫乃が彼へと差し出した財布と釣銭を眺めてきた。その双眸はとうに静まり返っていて、紫乃を撥ねつけるように焚いていた感情を屈服させられたことに対する不服も不平も宿っていない。ただし、それとは別の論拠が、反駁を呑みこませてくれなかったらしかった。言ってくる。

「俺、確か今日、五千円一枚くらいしか財布に入っていませんよ。だったら足りるはずないでしょう。支払い」

「え? だって、あの料理、全部で四千円ちょっと切るくらいでしょ? お酒を一杯飲んだにしても、麻祈さん、わたしと同じもの食べたんですから。足りてますよ。五千円で」

 時が止まった。

 と言うのが正しいのかなんなのか、とにかく麻祈が目の動きどころか呼吸も肩肘も固まらせて、紫乃の両手の握り拳を見た。中身を透視したはずもなかろうが、残念ながらそれに成功してしまったと言わんばかりの顔つき―――疲れ切ったような、疲れ切っていることを諦め慣れたようなそれ―――をして、ようやく財布と小銭を受け取る。革財布を検めて、レシートに丸められていたコインの枚数を、目線で数えた。そして、呻き声を枯らしてくる。

「割り勘って。あなた」

「え? え?」

「俺が出して当然だとは思わなかったんですか?」

(当然だと思うような図々しい印象が、わたしに!?)

 真顔で言ってくる麻祈に、ぎょっとする。

 ぎょっとするのだが、そのはずみで気付く。

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.成り行きで、引き戸を押さえたままでいると、擦れ違いざまに女性から頭を下げられた。

「ありがとうございます。さっきは彼氏さんにも、トランクからこれを出す時に、お世話になってしまって。どうも。―――ちょっともう、危ないからそのへんにしておきなさい。この子は」

 違いますと言い出せないうちに、女性は会話の矛先先を、車椅子からのけぞって外にバイバイし続ける我が子に向けてしまった。

「それは、どうも、……その……あ、りがとうございます」

 紫乃は、ありがたいような物足りないような混乱と気恥ずかしさを、ごにょごにょと口ずさんで終わらせようとした。肝心の事実誤認について言及できないまま、何度となく頭を下げて、誤魔化そうと試みる。そのうち、そんな試みをしたことさえ有耶無耶にしたくなる。

 いたたまれなくなって、紫乃は犯行現場から外に逃げ出した。

 探すまでもなく、麻祈は先程と変わらず、暗がりの駐車場に立ち尽くしている。

 駈け寄ろうとした。それが当然だと思えていた―――彼女だと思われるくらいの自分なのだから、彼にそうするのが自然だと疑いもしなかった。

 だからこそ、無防備だった。麻祈の双眸に巣食った明確な拒絶と冴えた怒りに、現実に叩き落される。車椅子スロープの中央で射すくめられて、もう一歩も動けない。

 追って、彼から差し向けられた問いかけは、こちらの誤答を疑いもしない見縊りに満ちていた。それを押し殺そうとしたらしく、低くしゃがれて聞き取りづらい。

「……会計をと、お願いしたはずですが」

 紫乃は、両手を胸元に押しつけて、握り締めているものを確かめた。

 ぐっと、返事を振り絞る。

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「申し訳ありませんが、こちらはお預かりになった坂田さんから段さんへ、ご返却をお願いします」

「はあ」

「―――具申ですが。ものが金銭ですので、一刻でも早いほうがよろしいかと」

「でも、麻祈さん、ちょっと待っていて欲しいって言ってたし。写真でも見ながら―――」

 うろたえた双眸をおっかなびっくり向けるのだけれど、篠葉はあくまで手を引っ込めてくれない。しかも、念押ししてくる。

「写真は、壁が埋まるごとに、整頓しています。より古いものは、そちらのアルバムに、すべて収録済みです」

 と、レジの横に備え付けられた小さな棚に視線を落として、そこに置いてある冊子を示した。
そこから、彼の眼差しが紫乃へと戻ってくる。

 その双眸はまたひとつ別の隠し事を孕んで、こちらの深読みを誘うような清んだ眼光を燈していた。

「あなたの麻祈さんは、今を逃して、よろしいとは思えない」

 意味は分からない。分からないまま、背を押されている。それが分かる。

 ただし同じくらい、紫乃には分かってしまったことがある。

 紫乃は、片手に革財布を、もう片手に数枚の小銭とレシートを―――最後にはその両手まるごと胸倉に掻き抱いて、レジから駆け出した。

 迷うことなく店の玄関まで走り、ドアを開ける。引き戸を引いたはずみで、肩に掛けているカゴバッグが落ちかけた。落ちかけただけだから、どうでもいい。

 ドアから出る。小さな踊り場に立つと、なまあたたかい夜気に満たされた地味な夜景が見通せた。足元、三段階段が歩道へと降りているが、その先には誰もいない。壁に沿うように作られたスロープ、そちらの先は乃介蔵の駐車場に通じている。今はそこに、車が二台―――

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「でしたら、段さんも現金で払えばよろしい。いつもそうしておいでなのですから」

「え? そうなんですか?」

「はい」

「じゃあ、どうして急にカードなんて……」

「持ち合わせもあるようですし」

「って、なにしてるんですか篠葉さんっ!?」

「勝手ながら、持ち合わせの確認を」

 慣れた手つきで革財布の中を検分し始めた篠葉に血相を変えるのだが、彼は平然として目線すら上げてこない。酔った勢いで会計を丸投げしてくる客など珍しくもないということか、後ろ暗さもなくさっさと札入れを目視し終えると、小銭入れまで開いた。が、そちらは空だ。そもそも使ったことがないようで、革が痛んでいない。

(コインケースと分けて持ってるのか。聞いたことあるけど、そんな人って本当にいるんだ。麻祈さん、おつり出したくないからカードを使う気なのかなぁ)

 急な外出でそちらを携帯するのを忘れてきた場合、その可能性も無くはない。個室の方を振り返るが、まだ財布の持ち主が現る様子はなかった。

 矢先。なにかに気付いたように、篠葉がふと虚空を見上げる。

 そして、壁に掛けてある古時計から目を外すと、不意にこちらに背を返して、そのまま奥の厨房に行ってしまった。厨房は、瓶の整列したバーの棚のすぐ横が出入り口となっており、紫乃の立っているレジの前からは、厨房の中どころか勝手口まで見通すことができる……要は、勝手口に取り付けられた大ぶりの硝子窓にくっつくようにして、外の様子を窺い始めた篠葉を見ているしかない。

(なに? 急に。探偵みたいな)

 警察ドラマの尾行シーンと言うのもポーズ的にはアリだろうが、ちょび髭に洋装の篠葉だから、探偵の方がお似合いだ。パイプなんかを片手にしてると、もっといい……それも、おたまじゃくか音符みたいな形をした、古めかしいやつがいい。

(あんなの吸いながら尾行してたらニオイでばれそうなもんだけど。そんな展開するドラマ見たこと無いんだよなぁ)

 そのあたりで、篠葉が帰ってきた。

 そして、手にしていたままでいた麻祈の財布をもう一度開くと、今度は眼差しだけでなく指先を中に突っ込んだ。取り出したそこには、五千円札がつままれている。

「え?」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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