.ただ皮肉げに、口の端を上げる。
「そうですか。でしたら、どうぞ。ご勝手に」
(また……イラッときた?)
だとしたら、紫乃には見分けられたと思う―――それは、今さっきも見た表情だからだ。計画性に基づいた計画を破綻させられた苛立ちと、その埋め合わせとして相応の理由と理屈を要求する、神経質で頭でっかちな渋面。
ただし、その対価の支払いを求める先が、今は外側ではない。内側だ。だから、紫乃に返事を求めるでなく、押し黙ってしまった。
(自分にイラッときてる?)
わけが分からない。わけを知りたくて、だとしたら、彼を窺うしかない。
麻祈は、自分の財布と小銭を乱暴にポケットに突っ込んでから、言葉を発するでも身動ぎするでもなかった。ただ、夜闇に溶けるような黒髪の奥にある眼光だけが、じわじわと感情の溶け残りの嵩を増して引き攣っていく。それは彼にとって、不愉快なはずだ。だとしたら、取り除けるものなのか、それを見定めようとして……
根負けしたのは、麻祈の方だった。紫乃から目を逸らして、そのまま歩いていこうとする。手の先が外灯に照らされて、肌色が白く染まった。
だからこそ、目が留まる。トランクから車椅子を出す際にそうなったのか、爪のきわから指にかけて、こびりついた砂と土が茶色い斑を作っていた。
「……麻祈さん、親指のそこ、汚れて―――」
呼びかけながら、彼を追いかける。つい、手を伸ばしてしまっていた。
触れたと思った。刹那に、その手が射抜かれた。
(え?)
射抜かれたと思った。掌が、内側から手の甲へ、ぱんと衝撃に跳ばされたから。
立ち止まってしまう。本能的に抱き込んだ片手に、遅れてやってきた痺れと痛みが沁みてくる。撫でてみても、穴も傷もない。ただ、体温よりも高い熱が膿んでいた。
そしてそれは、麻祈も―――紫乃の手をはじきとばした当事者も、同様だったらしい。振り払った勢いに呑まれて、紫乃に向き直った彼の顔は、青ざめて表情を失くし、少なく見積もっても我を忘れていた。忘れるまでに恐怖していた。なにを?
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