(シノバって、篠の葉って書くんだ。唯一・知るで……ええと、なんて読むんだっけ? ユイち?)
思うまま、その名前の当人へと、目線を巡らす。シノバ―――篠葉が、変わらず和やかに立っていた。紫乃の横、バーカウンターとレジを挟んだ向こう側で。レジ。
途端に、麻祈からの言いつけを思い出した。ぺこぺこと謝るついでのように、握り込んでいた麻祈の革財布を、さっと差し出す。
それを受け取った篠葉が、念押ししてくる。
「段さんのカード払いで一括ですね?」
「いえ。あの。すいませんけど、わたしのお代、先に清算してください」
言う。
もとより、そのつもりだった。奢られるのが馴染まない性質なのもあるが、ただでさえ今回のイベントは紫乃にとって後ろ暗いルーツを持っているのだ。やましい部分の無暗な割り増しは、避けておくに越したことはない。
と言うのに篠葉は、まるで意表を突かれたかのように、手を止めた。カゴバッグの中から取り出した財布を開いている紫乃を見ながら、訝しげに声を低める。
「別会計でよろしいのですか?」
「? はい」
答えつつ、レジの電子パネルに表示された金額が一人前とみて妥当だと判断して、端数まで揃えて篠葉に差し出す。偶然にも、端数まできれいに用意できた。財布が整頓されて、釣銭も出ない。やや嬉しげな顔をしてしまっていたかもしれない。
まさかその顔つきから勘定を謀る下心を疑ったわけではなかろうが、それでも篠葉は受け取った札と小銭を、ひとつひとつ慎重に掌からつまんでレジの引き出しに落した。そしてレシートを紫乃に渡し終えると、作業中はカウンターに置いていた麻祈の革財布を再び取り上げて、もう片手を顎下に目を眇める。ふむ、と考え込む吐息を洩らして、
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