(また洋画みたいな言い回しする……閑古鳥が引きも切らない? 混んでないから、いつもよりスピーディーに料理が出されて来るよってことでいいのかな? て言うか、礼儀正しい人だから、イタダキマスって言うと思ってたのに。意外……)
こっそりとテーブルの下で合掌だけでも済ませてから、おざなりにでも手を拭き終えて、紫乃も食事に向かった。
まずは、ガラスコップの水で口の中を流す。水の冷たさよりも爽やかなレモンの香味が、喉から鼻を抜けた。そうなってしまえば、水のまろみだけ舌の根に残されるのだけれど。
(酸味が無いのに。なんでレモンっぽいんだろ?)
分からない。分からないが、とりあえず停滞していると見咎められそうだ。箸を手に、横長の皿の端に置かれている、つきだしの一品をつまむ。小茄子の煮びたしに見えた。
食べてみると、やはり小茄子の煮びたしだった。さすがは夏の旬菜で、茄子そのものの味が濃く、品がある。歯触りもいい。美味いに異論はない。ないのだが。
(―――けど。なんでも美味しいからなぁ。わたし)
思い返してみても、外食してハズレた記憶が無い。
(味オンチじゃないと思うんだけど。ごはん作ってると、誰かに作ってもらったごはんって、なんでもありがたくって美味しいんだよね)
なにせ出来損ないのヨーグルト・グラタンでさえ受諾した消化器官である。あの時は、もったいないオバケと姉から恐喝されていたとはいえ、耐え忍ぶ力は底向きに底なしと見積もっていいだろう。その図太さが、今はアダとなっているわけだが。
麻祈がごっそり食べ残していた合コン会場の料理を思い出そうにも、無理矢理飲んだり食べたりしていた重苦しい気持ちばかり再燃してしまって、肝心の味の感想が思い浮かばない。と言うよりも―――
正面で食事を進める麻祈に、呆気に取られていた。
(食べ方も顔つきも、合コンの時と全然違う。そんなに好きなんだ)
気だるい幸福に包まれたように、おっとりとさせた目許。
たまらず綻ばせた口許。
咀嚼は遅々として、移ろいゆく旨味の濃淡と歯触りを楽しんでいる。
なによりも、それらが手に取るように分かるということ。
(疲れてるから蛇口が緩んでるって言ってたけど……そりゃシノバさんも、こんなダダ漏れに美味しそうに食べてくれるお客さんがいたら、声かけたくなっちゃうよね)
見てはいけないものを垣間見てしまったような後ろ暗さ―――あるいは背徳感―――に、紫乃は胸に落ちた感触を最後に箸を進めた。
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