.突き出しに続いて、おすましのような和風のスープが運ばれてくる。そして和えた菜に、焼いた海産物の盛り合わせ……
そして合間合間のおつまみのように、シノバからどこぞの国のエスニック・ジョークのサービス。
「にしても、今日は殊の外に暑い一日でしたな。わたしなど、朝から、焼き立てのトーストをつまんだ指が冷えたくらいですよ」
「ハはは! まったくだ、冷蔵庫を開けたら部屋が暖まった冬が懐かしいね!」
(麻祈さん、なんで馬鹿ウケ……? どこで馬鹿ウケ……?)
ともあれ。
和やかな晩餐だった。穏やかな会話だった。その中で紫乃は、ペットもベイビーもパンプキンも、英語では可愛がるものへの愛称として用いることを知った。ざっくり大まかに言うと、日本の『カワイコちゃん』の同類だ。ただし、パンプキンは米国圏の方が通じやすいだろうと、麻祈は補足した……ついでに、英国圏で同様の言い方をするなら、カップケーキが妥当だろうとも。
「ダーリンやポプシーと同じ感覚で、マイ・リトル・カップケーキって呼びかけるんですよ。でもこれは、ほぼ男性から女性に向ける文句ですから、坂田さんは使わないでしょうけど」
では、麻祈は誰に使ってきたのだろうか。ふと考えがそこで止まってしまって、その話題は途切れた。
三本のスプーンごとに三種類の桃のシャーベットをすくったデザートが終了すると、満ち足りた雰囲気だけが麻祈には残った。紫乃はというと、満たされれば満たされるだけ足りないことが分かってしまっていたし、何よりそれが自分だけだということを感じたくなかったので、上辺だけでも彼に合わせるよう努めた。
だからこそ、どちらともなく席を立つ頃になって、やっと紫乃はそれに気付く。
(次に逢う約束しないと)
ふっと、立ち止まりかけた。
廊下に出たばかりで、まだタペストリー向こうの部屋の中にいる麻祈にそれを目撃されることはなかっただろうが。それでも精一杯に、レジまでの歩調を保ち直す。
(次に繋げないと、次なんて無い。わたしにはもうサンダルなんて口実もない。どうしよう……逢って打ち明けたいような、尤もらしい話を見つけないと……)
店の最奥にある会計に辿り着くまで、ものの一分もかからない。支払い作業など、よく見積もったところで一分弱で済む。つまり、店の前で別れるという極論からすれば、あと二分前後しか猶予がない。そのカウントダウンに意識を持って行かれた途端に、減っていく数字のことしか考えられなくなる。
(どうしよ……どうしよう……どうしたら……)
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