.成り行きで、引き戸を押さえたままでいると、擦れ違いざまに女性から頭を下げられた。
「ありがとうございます。さっきは彼氏さんにも、トランクからこれを出す時に、お世話になってしまって。どうも。―――ちょっともう、危ないからそのへんにしておきなさい。この子は」
違いますと言い出せないうちに、女性は会話の矛先先を、車椅子からのけぞって外にバイバイし続ける我が子に向けてしまった。
「それは、どうも、……その……あ、りがとうございます」
紫乃は、ありがたいような物足りないような混乱と気恥ずかしさを、ごにょごにょと口ずさんで終わらせようとした。肝心の事実誤認について言及できないまま、何度となく頭を下げて、誤魔化そうと試みる。そのうち、そんな試みをしたことさえ有耶無耶にしたくなる。
いたたまれなくなって、紫乃は犯行現場から外に逃げ出した。
探すまでもなく、麻祈は先程と変わらず、暗がりの駐車場に立ち尽くしている。
駈け寄ろうとした。それが当然だと思えていた―――彼女だと思われるくらいの自分なのだから、彼にそうするのが自然だと疑いもしなかった。
だからこそ、無防備だった。麻祈の双眸に巣食った明確な拒絶と冴えた怒りに、現実に叩き落される。車椅子スロープの中央で射すくめられて、もう一歩も動けない。
追って、彼から差し向けられた問いかけは、こちらの誤答を疑いもしない見縊りに満ちていた。それを押し殺そうとしたらしく、低くしゃがれて聞き取りづらい。
「……会計をと、お願いしたはずですが」
紫乃は、両手を胸元に押しつけて、握り締めているものを確かめた。
ぐっと、返事を振り絞る。
「したんです、けど」
「した? どうして俺がサインしに行きもしないで、カード決済が済むんです?」
「あの。すいません。カードじゃなくて、勝手に……この中の、五千円で」
「は?」
畳み掛けるようだった詰問が、まだしも取り繕っていた体裁を失って、疑問符に見せかけた怒号へと転調する。
反射的に紫乃は謝っていた。予期していなかった展開が続くのも、これ以上は勘弁してほしかった。
「ごめんなさい。でもあの……篠葉さんが、なんだかカードの機械もおかしいからって言うし」
途端に、麻祈の目の色が変わる。それを見れば分かる。彼は今、気勢を削がれた。
[0回]
PR