(わたし、なにしてるんだろ)
担ぎ直したカゴバック。それは、今日が特別な日になることを疑いもせず、服装に合わせて夏向きに選んだものだった。
アスファルトの張られた歩道を進んでいく爪先につっかけた、サンダルだってそうだ。ヘア・アレンジなんて突飛なこともできないまま、結局いつも通りに後ろ頭に留め直した髪飾りも、心意気だけはそうだった……と思う。
(結局、こうなっちゃうものなのかな)
きっと、このまま終わってしまうのだ。
斜め後ろあたり、付かず離れず紫乃と歩く麻祈を、意識だけで振り返る。彼はあれからじっと沈黙とため息を噛んで、世間話を振ろうともしなかった。先程そうして撹乱を試みて失敗した手前、もう思い出したくもないといった風である。常ならば、それすら覆い隠すような物腰を装えるのだろうが、余力が残されていないのだろう……真実、彼は困憊している。他者をもてなす外面が剝げかけて、取り乱してしまうほどに。
(―――……ちょい待ち)
ふと紫乃は、その違和感に気付いた。
(そうだ。考えてみたら、それは、ついさっきからじゃない)
ぞっとした感情のまま反射的に手を払う、その前から。
彼は美食にほだされて舌鼓を打ち、篠葉と嬉しげに英語混じりで笑い合っていた。素直に。心から。
であればなおさら、どれもこれも紫乃が見ることが出来たはずがないのだ。本来ならば。
(麻祈さんは合コンの時、お酒を今よりたくさん飲んでいたのに、ひと言だって英語なんか喋らなかった。目立ちたがり屋でもなかった。わたしと電話してた時だって、わたしや葦呼の話を盛り上げたりするばっかりで、自分のことなんて話題にしなかった……と、思う)
となると、なおのこと気にかかる―――車椅子の親子について。
(わたしの眼を引くようなことを、いつもの麻祈さんなら、きっとしない……きっといつもの麻祈さんなら、乃介蔵に来た時から、篠葉さんと話し込んだりすることもない。日本らしくないことは、英語だろうが冗談だろうが一切喋らない。合コンの時と同じように、ちょっと遠巻きに物事をはかりながら、場が穏便に盛り上がるようにバランスを取る……)
その場合、車椅子が駐車場で難儀していることに気付いたとしても、まず間違いなく彼は直接手を貸しに行かないだろう。おそらくは、それとなく篠葉にそれを知らせて、店長が勝手口から手助けに出て不在となったレジの周辺で、壁に貼られた写真をネタに温和なトークを繰り広げて場を繋ぐ。紫乃が会計に出ない店長を不思議がったところで、「それはこのワンシーンよりも摩訶不思議なことなのかな?」と意味ありげに笑んで、壁写真の一枚を―――なんとなく例の愛鳥週間の写真ではないかと紫乃には思えたが―――指先でつつく。それは、「ありません」というこちらの返事を誘導すると共に、「この写真は一体どうしたことだ」という次なる話題へと波及させるための撒き餌だ。
そうまでして遠ざかろうとする彼の目算が、今は狂っている。
(チャンスかも、しれない)
篠葉のことを思い出した。
その頃には、バス停に着いていた。
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